2017.11.09

【インタビュー vol.5】カーペット市場はまだまだ大きくなる、いや大きくする(堀田カーペット株式会社/堀田将矢氏)

 

大阪府和泉市にあるカーペットメーカー「堀田カーペット株式会社」

耐久性が高く、作りが頑丈といわれるウィルトン織りでのカーペット製造を得意とする国内では数社しかない貴重な1社だ。

キメが細かく質の高いカーペットが評価され、数々の5つ星ホテルやハイブランドなどに納めている。

 

3代目の堀田将矢氏は北海道大学を卒業後、トヨタ自動車を経て、家業である堀田カーペットを継ぐため、2008年に地元へと戻ってきた。

戻ってからは「COURT(コート)」というラグの自社ブランドを展開するなど、「敷き込みから生活を変える」をモットーとして精力的に事業展開を進めている。

 

 

家業に対する思い入れは無かった

 

高鍋:初めまして高鍋です。家はハマチ養殖をしてます。本日はよろしくお願いいたします。

 

堀田:大変やね。頑張ってね。誰も助けてくれへんから。自分で頑張るしかないで(笑)

 

高鍋:早速アドバイスありがとうございます!ではまず子供の頃の家業への印象から伺ってもよろしいですか?

 

堀田:僕は家業に対しては何とも思ってなかったですね。

おばあちゃんは僕のことを「3代目3代目」と呼ぶこともありましたけど、なにか経営してるんだなってそれくらいの感じで、カーペットを作っているという感覚すらなかったです。ただうちは会社とか経営の話を家の中で普通にする家庭だったので、そういう話を聞きながら親父の仕事は面白そうだなっていうのは感じてました。

 

高鍋:何かやりたいことはありましたか?

 

堀田:それが全然なかったんですよ。本当になかった。のどかな場所が好きだから大学は北海道大学に行って、好きだったサッカーをしてたんですけど、本当にそれ以外なくて。だから就活とかもほぼなかったんです…(笑)

 

高鍋:えっ、トヨタに就職されたんですよね。一体どうやって?

 

堀田:周りが就活を始めていることを聞いて「何かせなあかんのかな〜」と思っている時に、「トヨタの人と面談をするとご飯を食べさせてもらえる」って噂を聞いて、受けてみたら採用されました(笑)
けどトヨタ時代はすごく楽しかったんです。今でもサラリーマンに戻るならトヨタで仕事がしたいって本気で思ってます。

 

高鍋:そんなトヨタを辞めて実家に戻ることになったきっかけは?

 

堀田:入社して5年目に、親父から電話がかかってきて。「継ぐか継がないか決めてくれ」って言われたんです。既に結婚もしてましたし、それまでこの話題はほぼなかったから、その後1年半くらい悩みました。ただ親父の仕事が面白そうだなと思ってたので、戻ることを決めて。母は僕が継ぐことを嫌がってましたね。なんでトヨタ辞めてまで帰ってくるのって。

 

高鍋:戻るって一大決心ですよね。

 

堀田:確かに一大決心なんでしょうけど、僕あんまり物事を深く考えないことが多いんですよね。 だから本当にノリみたいなもんです(笑)

 

 

覚悟と行動

高鍋:トヨタから家業に戻ってどうでしたか?

 

堀田:すごく大変でした。トヨタでは自分は仕事ができるって思ってたんですけど、帰ってくると驚くほど何もできなくて。トヨタの頃に鍛えられた仕事のやり方とか論理力が、全然通用しない。中小の現場って理屈とかじゃないんですよね。職人さんに「なんでこうなるの?」って聞いても「知らん」って言われたりして、すごくイライラしてました。

 

高鍋: 社内は年上の人ばかりだったんですか?

 

堀田:そうですね。当時はありとあらゆるところに課題があって、その課題もどう手を付けていいのかが分からなかったんですよ。トヨタ時代とは違って一緒に解決する仲間もいなかった。そもそもコミュニケーションが上手く取れない。アクションは起こしてたんですけど、会社が変わっていってるという実感はなかった。この頃は、「何もできない、存在感が無い自分はどうにかして認められなければ」って焦ってました。

 

高鍋:悩んでる間、先代はどんな感じだったんですか?

 

堀田:親父には色々反対されたりもしましたね。その反対に反発して心を閉ざしていたような時期もありました。けど今思うと試されてたんだと思います。覚悟を持ってやり切ることの大切さを当時は分かってなかった。
今ももちろん大変なこととかあるんですけど、全部ひっくるめて「自分自身がやりたいこと」っていう覚悟があります。
その覚悟が伝わったのか、親父も俺がこう思うって言い切ることに対しては尊重してくれるようになりました。僕は今年の2月に社長に就任したんですけど、今のほうが父とは話すことが多くなっていい関係になっているように思います。

高鍋:苦しかった状況が変わっていったきっかけは?

 

堀田:僕の場合は他業界のこうなりたいって会社を見付けたのもきっかけの一つでした。

イギリス出張に行った時、ロンドンに詳しい出版社勤めの友人が、ロンドンで回ったほうがいいと思うところを50か所くらいピックアップしてくれてて。

旅程の途中に2,3日、時間が空くので思い切ってそのリストを全部回ったんですよ。

その中でS.E.H Kellyっていうロンドンのテイラーがあるんですけど、そこのテイラーを見た時に「これだ!」と思ったんです。

僕らの目指す雰囲気が形になっているものに出会えた。2,3日で50か所ってかなり大変なんですけど、あの時全部回らなければ出会えなかったと思います。

入社した時は頭で考えてばかりで、頭でっかちだったって気づきました。ヒントになるものを見つけるためには、たくさんインプットして行動することですね。

動いてみたら、打ちのめされることも多いんですけど、行動しない限り何も起こらないですから。

 

 

ものづくりのマインド、めざすはBOWMORE(ボウモア)

 

高鍋:ちなみに先代から受け継いだものって何かありますか?

 

堀田:ものづくりのマインドです。メーカーで一番大事なことはものづくりに尽きます。

ウィルトンを作れる会社はもう日本に数社しかないし、この織機で作っていきたい。ウィルトンを残すために他の事業もしていくって感覚ですね。

 

ブランディングや見せ方などいろいろ工夫すべきことはあるけど、あくまでもものづくり屋はものづくり屋でなくてはいけない。良い物を作り続ける。そこが疎かになってはいけないと思います。

 

高鍋:具体的にどのような会社をめざしてるんですか?

 

堀田:シングルモルトウイスキーのBOWMORE(ボウモア)みたいな会社ですね。ボウモアは、「俺達のウイスキーはこれだ!」って思いながらウイスキーを作ってるんですよ。

お客さんが認めてくれるかはもちろん大事なんですけど、それは結果でしかないんです。だから僕もそんな風に自分たちが本当にいいと思うカーペットを作って、それが結果としてお客さんに感動してもらえるっていうそんなものづくりがしたいなと思ってます。

それに、僕はうちの子に継いで欲しいとか今のところは何も思わないです。ただ、子どもたちが継ぎたいと思えるような会社をつくっていきたいと思ってます。

 

 

アトツギに一言

高鍋:僕もそうですが、自分のやりたい事と家業との間で悩んでいるアトツギもいると思います。そんなアトツギに対して一言お願いします。

 

堀田:自分の思うようにやってみればいいと思います。なんならやりたいことも家業も両方やってみればいい。やろうと思えばやれることはたくさんあります。多分迷ってるのは、迷いたいから迷ってる。迷わないようにするには自分が行動するしかないと思ってるんで。行動することに尽きる。そう思います。

 


堀田カーペット株式会社

〒594-0065 大阪府和泉市観音寺町531

Web: http://hdc.co.jp/


 

【取材後記】
堀田さんはすごくノリの良い飄々とした方だ。しかし、その物作りに対する魂は凄く熱いものを感じた。印象的だったのは、モノ作りのマインド、継ぎたいと思わせるような会社を作りたいという2フレーズ。悩み抜いた堀田さんの言葉の節々からはカーペットに懸ける思いが透けて見えるようで、仕事に対してのプライドを感じずにはいられなかった。将来家を建てたらカーペット導入します。

 

(取材・文:高鍋 和哉/写真:中山カナエ)

なべちゃん(高鍋和哉)

なべちゃん(高鍋和哉)

1995年生れ。 家業はハマチ養殖。 実家は人口400人弱の小さな離島。 小学校の全校児童は14人、同級生は男3人、中学生になって初めて同い年の女の子と喋った、など少子高齢化最前線を突っ走るお手本のような過疎地域でのびのび育つ。 海に落ちた時のために着衣泳の授業があったなど、離島あるあるを共感できる人を密かに探している。 大学2年生の時に関西大学の後継者ゼミを通してベンチャー型事業承継を知り、共感。 本プロジェクトには山野さんの優しい(?)勧誘により参加。

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