2019.12.13
「アトツギこそイノベーターであれ! @東京」開催レポート(後編)
2019年12月4日、家業から離れて都心で仕事をしているアトツギ予備軍、通称“潜伏アトツギ”に向けた「アトツギこそイノベーターであれ! -家業を継ぐ?継がない?―」が、BOOK LAB TOKYOで開催されました。イベントには、すでに家業に戻って活動している先輩アトツギとして、一文字厨器・3代目専務取締役 田中 諒 氏、葡萄のかねおく・4代目園主 奥野 成樹 氏、モデレータに、大都代表取締役社長 山田 岳人 氏が登壇。
東京での仕事を辞めて家業に戻った理由や都会生活の未練、古参社員との軋轢などをテーマに、家業に戻ってきてよかったことや前職の経験が活きる場面について語ってくれました。
以下、イベントの書き起こし(後編)
前編はこちらから
https://next-innovation.go.jp/renovator/presspost/1204tokyoevent_01/
■人づてに聞く、創業時の祖父の姿 家業を継いで初めて知った“家族のもう1つの顔”
山田:田中さんは戻って来て良かったと思うこと、何かある?
田中:1つは奥野さんと同じなんですけど、自分で決定権を持って何かをやれるっていうのはいい経験だな、と思っています。
反対する人はいっぱいいるんですよ。ベテラン社員さんとか父親も「俺の時はそんなのなかったで」となるんですけど、数十年たったらその人たちはいなくなるわけで。今自分が信じることでトライ&エラーをやらないと今後困るなっていうのは思っているので。
逆に責任はあるけど、自分がやりたいと思うことにどんどん取り組んでいけるというところはすごく面白いなって思いますね。
もう一つは、家族とか自分の再発見ができるっていう話なんですけど。おじいちゃんって「昔から優しいし、おもちゃ買ってくれて優しかったなー」なんて思い出はあると思うんですけど、ビジネスマンとか起業家としてのおじいちゃんを僕は全然知らなかったんですよ。
たとえば、毎月包丁工場の工場長と飲みに行くんですが、その人はおじいちゃんと十何年飲んでて、うちの親父とも十何年来の飲みの付き合いがあって、いまは僕がその方と3年間毎月飲んでるんです。その人から聞く、「創業者としてのあのときのおじいちゃんの判断は……」という話を聞いたら、そんなの(おじいちゃんの知らなかったすごさがわかるようなこと)は普通に生きていたら絶対知りえないことじゃないですか。
それでやっぱり自分の家族をよく知れるし、そういう行動をかつてしていたんだな、とか。じゃあ、今の自分を返り見た時に、「自分の今の年齢でおじいちゃんはそういうことをやっていたんだったら、自分はまだまだだな」って思うし、「オトンのああいうところ、自分もあるわ、いややわー」って人のふり見て我がふり直すみたいなこともあります。
多元的に自分の家族を見られるっていうのは、すごくよかったなって思います。
■仕事中は母親でも「マドカさん」 仕事とプライベートのメリハリを意識
山田:自分、だいぶ話考えてきたやろ。
(会場笑)
山田:(会場にいる)お姉ちゃんさっき泣いてたで。でも、家族って家で仕事の話ってするの?食卓とかで家の仕事の話する?
田中:するんですけど、仕事とは完全に分けるんですよ。休憩中とか仕事が終わったら、「お父さんと子ども」なんですけど、仕事中は僕は自分の母親のことを「まどかさん」って呼んでて。
山田:あ、お母さんも働いているんだ。
田中:ネット担当をしてましたね。最初の立ち上げとか。
山田:え、お母ちゃんネット担当してるの?
田中:なんか、やりたいっていって(笑)。
山田:おかあさん、いくつ?
田中:63歳ですかね。
今は僕がやったり、他の社員さんがやったりって感じですけど、まどかさん、立ち上げはやってましたね。チャレンジングです。
山田:じゃあ、会社ではお父さんのことを「社長」って呼ぶの?で、家に帰ったら「お父さん」?
田中:そうですね。休憩とかで飯食いに言った瞬間に変えますね。
山田:お父さんも会社では「専務」って呼ぶの?
田中:呼びますね。で、家に帰ったら「諒」って。
山田:ややこしいな(笑)。それ、会社で「諒!」ってなったりせえへんの?
田中:しないですね。そこはもう向こうも意識してると思いますね。
山田:俺は全然なかったから不思議だな。会社では敬語で家ではため口とか。
田中:もちろん会話の流れで、普段の話口調になったりはしますけどね。最近は少しなあなあになってきてるかもしれないですけど。
山田:え、でお母さんのことはなんだっけ?
田中:まどかさん、です(笑)。
山田:もうこれ今日ずっとこれから引っ張ると思うんで。まどかさん、ね。でもすごいですね、ちゃんとメリハリ、というか、分けてるんですね。
田中:それは、僕的には大事にしていることですね。
■業界の“当たり前”に1人で立ち向かった1年半
山田:さっき、いいことのひとつに決定権がある、っていったけど、ある意味好きなようにやっていい、っていう裁量を与えられているっていうこと?
田中:はい、もううちは好きなようにやらせてもらってます。
山田:へー。なんかね、もう対照的なんですよね、このお二人(田中氏と奥野氏)が。
古参社員とかで「なんやねんそれ!」とかないの?僕はネット通販するときに、既存の社員にすごい反対されたんですよ。問屋なのに小売をするっていうのはルール違反や、とか。当然業界でもそういわれたし、あとはそんな個人の家に1個1個送るなんていうのは、「そんなの採算合うか!」って古参の社員さんにはずっと言われてました。
でも結局今はそっち側にずいぶん振っていったわけですけども。それはもう信じてずーっとやっていっただけで。昼間トラック乗って、夜Webやるっていうのを1年半ずっと一人でやっていたので、そういう意味では田中さんところはすごく協力的ですよね。
田中:親はそうです。多分早く引退したいんだと思いますけど。
山田:古参社員さんと衝突とかしないの?
田中:あります、めちゃめちゃありますよ。
山田:あるんだ(笑)どういうこと?
田中:ベテランの職人さんからしたら、「物のためにやれ」っていう考え方なんで。売るために物側へ工夫するというのは全部NGで。たとえば、お客さんの目の付きやすいようにデザインを良くする、みたいなのは「おれはそんなことせんと売ってきたで」っていうところから入るんで、毎回話すと衝突しますね。
山田:そういうときはどうしてるの?
田中:勝手にやっちゃいますね(笑)。
最近思うんですけど、相談するからそうなるんですよね。でもその人たちは自分の経験ではやってきてないわけじゃないですか、ブランディングもマーケティングも。だから相談せずにやるし、やったらそれは自分が責任を持つことだし。
別にマーケティングって商品の品質と相反することではないじゃないですか。両方ともどっちも担保するものだし。だから相手に相談せずにやっちゃうっていうのが最近は多いですかね。
山田:でもお父さんはやっていいよって言ってくれているわけだから、「あのアホボンが勝手にやりやがって」って言われてるやつだね。
田中:裏では言われてるんじゃないですかね(笑)。僕にはなんにも言ってこないです。
■経験則vsロジック “やってきたかどうか”でしか判断しない親父との戦い
山田:奥野さんはどう?なんか話したそうな感じだったけど。
奥野:うらやましい、って言おうとしただけなんですけど(笑)。やっぱりなかなか新しいことに理解はしてもらえないですよね。それが正しいかどうか、っていうことより、これまでやってきたかどうか、ってことでしか判断されないので。
田中:「これやりたいんだけどどう思う?」って相談ってします?
奥野:相談、というか、最初から説得する感じで入ります。
山田:たとえばどういうことでお父さんとぶつかったりするわけ?決まってるんじゃないんですか、その、ルーチンワークというか。
奥野:たとえばですけど、作るのは最終的にはブドウなんですけど。
山田:それが「パイナップル作りたい」って言い出したとか、そういう話?
奥野:いや、そういうことではないです(笑)。別にそんなリスク高い話でもなくて。
例えば「いま150gのブドウを作っているのを200gにして、その分数を減らすと工数がその分カットできるからそういう挑戦をさせてくれ」っていう。かつそれでいくと直売で並んでたら立派なブドウになるから、単価も上がるんです。「それを全部の畑でやったらまずいから、まずは10分の1でやらせてくれ」って話をして。でも「いやいや、お前、そんなん枝一本からやれ」とか。そんなの実験にもなんにもならないじゃないかみたいな話ばっかりですね。
山田:お父さんもそういう経験があるんかな?
奥野:いや、農家のおっさんの言うことはだいたいあてになんないですね(笑)。経験はないけど、腹が立つからやらせん、っていう。
山田:なんか、職人さん同士の話し合い、みたいなところなんでしょうね。ロジックじゃない、っていう。でもいますよね。僕が会社に入ったころにいた人も、昔はよかった話ばっかりする人いるんですよ。特に僕らが入ったころの年配の人って、バブルを経験してるので。
「昔はトラックに商品積み切れないくらい、売れた」とか「メーカーさんのご招待で、年に3回くらい海外旅行行った」とか。もうほんと「知らんがな」ってなるんですよ。今は全然そんなこともないし、トラックはすっからかんで配達に行っているわけで。
よく言ってたのが「いつか景気はよくなる」。例えば「来年はオリンピックだから良くなる」とかですね。なんかそういうことをずっと言ってたけど、結局なりませんでしたからね。なんかそういう経験則で語られるところと、若手世代のちゃんとロジックで未来を考えるところの衝突はありますよね。
でも田中さんのお父さんえらいですよね。好きにやったらいい、っていう。
田中:いやもうほんまにありがたいですね。でもコケるなら今のうちやっていうのもあるんじゃないですかね。今はまだ親父も元気なんで。
■カリスマである創業者の後を継ぐ2代目の重責
山田:田中さんは3代目で、お父さんが2代目でしょ。
うちも創業者がカリスマで、70いくつまで代表を譲らなかったんですよ。で、2代目(義理のお父)はすごく苦労したみたいで。苦労するっていうことに対してすごく理解があったから、僕がすることに対してなんにも言わなかったですね。
うちはひどかったですから。会社でも社長でも下の名前で呼び捨てでしたから。先代がそういうところで育ってきてるから、僕にはすごく気をつかってくれたというか。
だからさっき話に出てきたけど、(田中さんの)おじいちゃんがカリスマだったと思うからね。だって道具屋筋で包丁屋やるって普通じゃないですよ。戦後おじいさんが始められて、難波のど真ん中でやってきて、相当な腕力でやられてきたと思うんですよね。
その分お父さんが苦労されたからこそ、息子には苦労させたくない、っていう想いが少しはあるんじゃないかな。
田中:確かに周りをみたら、みんなそれで苦労している人ばっかりだったんで、それは結構意識していると思いますね。
山田:なるほどね。でも奥野さんはそうじゃないんですよね。
奥野:そうですね……(笑)
(会場笑)
■“物があれば売れる時代”を経験した世代に不足する、マーケティングの観点
山田:じゃあどんどんいきましょう。「前職の経験で、家業に活きていること」ってありますか?今日は、まだ家業とは距離を置いていてどこか別の会社に勤めてるとかいう人が参加者には多いから、これききたいんじゃないかな。
田中:僕からいいですか?ほとんど全部だな、と思ってます。一番わかりやすいのでいうと、そもそも「マーケティング」っていう考え方が、上の世代ってないんですよ。さっきおっしゃってた、“物があれば売れる時代”っていうのをみんな経験してるから、うちもとりあえずお店に並べて「こんなのないん?」って聞かれたらとりあえず仕入れて。なくなったらまた仕入れる、っていう。だから物がほとんど減らないんですよ。
不良在庫ばっかりある中で、僕が来てからは「お客さんにどう見せるか」とか、何回か見に来たお客さんがそのあとどれくらい購買につながってるかとか。一応勉強しないとそもそも話せないような職場だったんで、そういう経験っていうのは活かせているかな、って思いますね。
奥野:自分も同じようなことなんですけど、たまたま商品企画のマーケティングに携わらせてもらってたんで、その経験っていうのはすごく大きいかなって思います。
あとは前職ではプレゼンすることが仕事で日常茶飯事だったんで、ピッチに出たりとか、そういう機会があった時は多少はそういう経験が活きるんじゃないかなって思いますね。
山田:なるほど。それでスーツ着てきたんだ。
(会場笑)
奥野:ピッチは作業着で出るんですけどね、ここは東京なんで(笑)
山田:しかも渋谷やもんな。大阪の人からとったら、渋谷は都会やもんな。
奥野:(笑)
山田:でもあれですよね。うちの会社も8年前から新卒採用とかもスタートしてるんですけど、これはうちの新卒採用の選考とかでも言っているんですけど、初めて働いた会社の職業観を人間って一生引きずるんですよね。僕も最初の会社がリクルートって会社だったんですけど、“三つ子の魂百まで”というか、“初めて見たアヒルをお母さんだって思う”みたいなところがあって。
「働くってこういうことなんだ」っていう考えを僕はリクルートで刷り込まれてます。だから今の会社の社訓もそれに近いものになってるし、中途採用をやっていてもすぐわかりますよね。
新卒で最初の会社が銀行だったっていう人は、やっぱり「銀行出身なんだな」っていうところが垣間見えるというか。影響は必ず受けますよね。だからうちの新卒採用を受けてくれた子には、「そういう目線で会社選びをしたらいいんじゃないですか」って話をしますけれどもね。
■元同僚の漁師とのコラボを企画 前職のつながりで生まれる可能性
山田:前職での付き合いというか、コミュニティをある程度持っていると思うんですけど、それが活きてくるときってありますか。
田中:ありますね。前職がネット広告で割と最先端の業界だったんですけど、そこから漁師になった方がいて。その人が僕の前職の先輩なんですけど、北海道の北見で鱒(ます)を獲っている人で。いま彼とコラボレーションしようという話になったりはしてますね。
山田:鱒を自分とこの包丁でさばくみたいな?
田中:そうですね、さばき方講座とかできたら面白いよねとか言ってます。切れ味で味ってやっぱり変わるんで。
辞める3年くらい前から、家業を継ぎたいっていう話を当時の上司が話を聞いてくれていたんで、辞めるときも円満退社というか、すごく気持ちよく送り出してくれて、今でも仲良くさせてもらっています。
山田:ここはもしかしたらこれから、ポイントかもしれないですね。
ちょっと新しい気づきですけど、皆さんいずれ(稼業に戻るために、今の会社を)辞めるわけじゃないですか。どういう辞め方をして家業にはいったら、いい関係を続けていけるかっていうのは聞きたいかも。
田中:そうですね、上司に飲みに連れて行ってもらったときに「おまえ、これからどうすんねん」っていう話になって、周りを見ていると隠している人が多かったんですけど、僕は言っちゃったんですよ。結果、今でも仲良くしてもらえているから、よかったですね。
■職場恋愛の末に結婚 世界的企業から夫婦で農家に
山田:会社に家が家業をやっているっていうことを隠している人っていますか?あ、いますね。なんで?
会場女性:今派遣をやっているんで、そんなこと話したらまずいかなって……
山田:あ、「こいつ辞めるんじゃないか」って思われるかも、っていうやつね。奥野さんはどうですか?辞めるときはどういう辞め方だったの?経験シェアしよう。
奥野:僕も同じで、辞める1年前に言ったんですが……引き留められて。「まず今のプロジェクトが終わってから辞めてくれ」という話になって、1年間一生懸命頑張りました。
僕も円満退社で、送別会も2,3回やってもらいましたね。
山田:今も関係はあるんですか?
奥野:いや、場所も離れていますし、業界も畑違うので。
山田:まさに「畑違い」ね。ってうまいこというね(笑)。
奥野:そう、言葉の通り畑違いなので(笑)。
いまは関係はないけれどSNSで「いいね!」とか押してくださるくらいですね。あと、嫁さんが前の会社の同僚なので、そのつながりがありますね。円満に退職できたんで、その辺は夫婦ともに良かったなっていう。
山田:職場恋愛なんだ?
奥野:そうなんです。
山田:でもそれ聞きたいんだけど、誰もが知るような大企業に夫婦で勤めていて、それがいきなり大阪の農家になりますよ、って言った時って……え、結婚はもうしていたの?
奥野:いや、まだその時は入籍前だったです。
山田:それは奥さん反対しなかったの?
奥野:当時は奥さんが俺にゾッコンだったんですよ。(会場笑)なので、反対はされなかったです。嫁さんはすぐ「ついてく!」と……。今はいろいろ「仕事ばっかやな」とか言われますけどね。
山田:結婚できるんだったらなんでもします、みたいな?(笑)
奥野:はい……そういう感じでしたね、当時は(笑)。
ただ会社からは辞めるって言った時は、まだ反発があって、お前だけ辞めるならいいけど、なんで連れてくねんっていうのもありますし、なんで仕事途中で投げ出すねんていうのもありましたし。でも確かにそれはあるなと思って。「まずは1年しっかりやるんで、見といてください」って言って頑張りました。
山田:どう?田中さんの奥さんは。結婚してから家業に入ったの?
田中:僕はもう帰ってから付き合った彼女なんで。
山田:じゃあ、前職のことを知らないということか。でもどうなんでしょうね。彼女とか彼氏、奥さんや旦那さんが反対するとか、特に農家の嫁になるって相当な覚悟がいるじゃないですか。さっきの話でいうと、正月もないっていうから旅行なんかもなかなかままならないんやろうなっていう。
奥野:そうですね、新婚旅行に行くのに3年かかってしまったんですけど。まあ、ちゃんと理由があってそうなんですけど。嫁さんは結婚する当時はそんなことはあまりちゃんとわかっていなくて。だからだますつもりはないけど結婚した感じです。
山田:まあ、ゾッコンやったからね。
(会場笑)
■ワイン用より生食用のほうが5倍手間がかかる 世間のブドウに対するイメージを覆したい
山田:じゃあ次行きましょうか。「くやしかったこと、恥ずかしかったこと、情けなかったこと」。全部言わなくてもいいですよ。何か自分が感じたことがあれば、ひとつ教えてください。じゃあ奥野さんから。
奥野:ブドウを作っているっていうと、お酒好きな人でもそうでない人からも「ワイン作ってるの?」ってすぐ聞かれるんですよ。でも我々はワインじゃなくて生食用のブドウ農家でして。だからすぐに「ワイン」って言われるのが、すごく悔しいなって思うところなんです。
で、ワイン用のブドウと、生食用のブドウって、作るのにどれだけ手間がかかると思います?どっちのほうが手間かかると思います?ま、この感じなんで手が挙げられないとは思うんですけど(笑)。
山田:俺はワインのほうだって思ってたよ。
奥野:そうなんですよね、ワインのほうが高貴なもので、ロマネコンティとかすごい高いのとかあるじゃないですか。でも生食用のほうが5倍くらい手間がかかってるんですよ。作業時間的にみると。そこら辺のイメージをひっくり返したいなっていうのが、悔しいこと、というか自分がやるべきことなんだろうな、とは思ってますね。
山田:どっちが儲かるの?
奥野:それはもうやり方次第、だと思いますね。
山田:なんで生食なの?ワイン用でもいいんじゃないの?
奥野:いや、それはもう親父が生食作ってきたんで、ぼくも生食でいきたいですね。
でも悔しいですよね。大きい声であんまり言えないですけど、やっぱりその手間の話もありますし、自分たちブドウ農家からワイナリーを見るとなんかめっちゃブランディングしてるな、っていうのがわかるんですよ。
山田:そういうのがうまいな、ってうやつね。
奥野:いいワインは畑の土の情景が思い浮かぶみたいな。
でもワイン用のぶどうって生食用のブドウと相対的に比べれば、畑仕事ってほぼほぼやらんでいいに等しいんですよね。加工するから見た目を美しく保って育てる必要がないので。だから、生食でこんだけ手をかけてるんだからもっとその価値を伝えたい。それはすごくやってて思うことですよね。
山田:やっぱり小さいころからお父さんの手伝いをしてきて、DNAに刷り込まれている、みたいなものはあるんかな。
奥野:DNAというか自分がもう頑固なんですよ。これまで親父がたたき値でブドウを売ってきたっていうことをひっくり返してあげたいというか。反骨心みたいなものがあるんで、あえてそっから動かないです。
山田:なるほど。
■赤字続きでも定時で帰宅する営業マン 1年後、社員全員の解雇に踏み切る
山田:アトツギの課題って、組織づくりだと思うんですよ。起業家は自分で採用してくるけど、僕たちは家業に入るころには既に人がいるからね。それが先代のブレーンだったり、もうひとつ上の代のブレーンだったりするわけじゃないですか。で、経験していることも違うし、年次も上だったりして。
その中での確執っていうのは僕もすごくあったんですね。
で、これも経験シェアですけど、2007年に結構会社が危うい状態になって、当時いた社員さんに「今期赤字だったら廃業します」って伝えたんです。先代にもお願いして、「廃業させてくれ」とお願いをしたんですね。
そしたら先代が「会社だけは残してほしい」ということだったんで、「じゃあもう1年やります」と。
なので当時いた社員さんに「あと1年ダメだったら廃業しますんで、そのつもりでこの1年頑張りましょう」って言ったんですよ。社員15人の会社だったんですが、僕の次に若い人は45歳みたいな会社で。
その1年後は見事赤字でした。それで全員に退職金払って、全員解雇したんですよ。もう本当に組織を変えられなかったんです。
「廃業の危機なんです」ってことを僕が言っているのに、営業マンも毎日定時で帰るんですよ。俺が入社したときは、会社の売上って答えられる社員は誰もいなくて。
で、営業の人に、「今月の目標いくらなんですか」って聞いても「そんなのないよ」って言われるような。営業に目標がないなんて、リクルートでは考えられへんからね。そのくらいギャップがある中で、組織を変えられなかったんですよね。
だから僕の場合は結局ゼロリセットしたっていうことになるんですけどね。
解雇するという最終手段をとってしまった。最後に退職金が払える状況のところで、辞めてもらって一旦リセットするしかできなかった。
二人はどうやって折り合いつけてるの?
■1on1で“思い”をヒアリング 古参社員へのリスペクトが組織をまとめる
山田:なんか、めっちゃ気に入らへん社員さんとのうまい付き合い方教えてくださいよ(笑)。
田中:そんな秘訣はないです。やっぱり僕がいま家業でやれているのも、やっぱりその社員さんたちが頑張ってきたっていうことがあるんで。
山田:偉いな……(笑)。
(会場笑)
田中:だから1か月に1回、お給料明細とかも僕が直接渡すことにしていて、1対1で、その人が抱えていることだとか、会社に対して感じていることだとかを1回1回聞いていて。
逆に今の時代はパワハラとかすぐ言われる時代やし、「今度そういうことしたらお給料下げざるを得ませんよ」とかそういう話を地道にしていくしかないですよね。
山田:じゃあ毎月 1 on 1 やってるんだ。全員と?
田中:やってますねー。
山田:すばらしい。それはどこで学んだの?
田中:学んだというか、自然とやり始めましたね。やっぱりお互いに気まずいから話さなくなっていってしまうんですよ。でもしゃべってなかったら被害者が出てくるというか。
だから会社を変えるにも「これをしたら、あかん」っていうのを言わないと給料とか下げられないじゃないですか。それをしなきゃあかん、って思ったからですかね。
山田:いま僕と決定的に違うなって思ったのが、その人たちへのリスペクトというか、おそらく幼いころからその方々のことを知っていたし、その方々も、田中さんのことを知っていたからできたことだと思った。
うちのスタッフがいったん全員いなくなった後に、うちの奥さんめちゃくちゃ怒ったからね。
当時会社の2階が自宅だったんですよ。自宅というか、嫁さんの生まれ育った家で。彼女は近所の小学校に通っていたから、ランドセルを背負って「ただいま」って事務所に帰って来てたんですよね。
だからみんな「ユカちゃん」って呼んでかわいがってくれてたし、結婚式にも新婦側で来てくれていて。だから奥さんはすごく思い入れがあったんだけど、僕は関係ないからね。だからそういう意味ではずいぶんそこに対する考え方は違うのかもしれないですね。
たとえば、大学の授業料は、お父ちゃんが頑張ったから出ていたわけで。そういうのがあるじゃないですか。今まで自分が育ってこれたのは、家業があったからだっていう認識ですよね。
田中:あとは幸い、うちは割とずっと包丁が売れているっていうのもあります。
山田:儲かってるってことだよね。
田中:はい。まだまだですけどね。そういう意味では険悪になるまでになってないっていうか。
■何をするにもまずFAX アトツギたちが直面したギャップだらけの世界
山田:でもほんとそういうことで前職とのギャップってあったと思うんですけど、というか、もう会社に入ったころってギャップしかないと思うんですけど、一番のギャップってなんだったの?
田中:いや、もうファックス文化エグっ、っていうのはありますね(笑)。
けっこう後継ぎあるあるだとは思うんですけれど。1回取引先と電話してて、「あ、そういう工程を踏んだらこういう色になるんですね。それ、よかったら写真をメールで送ってください」って言ったんですよ。
普通はそのあとメールで写真がくるじゃないですか。ところが「ファックスでメールアドレスを送ってください」って言われて。
意味わかります?「紙にメールアドレス書いたのをFAXで送ってくれ」って言われて(笑)
この話、先々週くらいの話です。
(会場笑)
田中:この日のために用意したネタとかじゃなく、いまだに理解できないです……。そんなファックス軸で仕事をしよう、とする気持ちはいまだに理解できませんね。
山田:なんかファックスって日本だけの文化ですよね。僕らも海外メーカーとやりとりするときに言われます。「なんで日本ってファックス使うの?」って。
山田:奥野さんが感じたギャップってなんかあります?
奥野:本当にもうギャップしかないですね。どれが一番ってつけられないくらいのギャップだらけです。
今日はスーツ着てきちゃいましたけど、スーツ着ることはほとんどなくなって毎日作業着ですし、ギャップしかないですよね。
■人生ゲームだけじゃないの? 約束手形が未だに使われているという衝撃
山田:ギャップしかないですよね。やっぱりそれって家業によっても違いますし。そのギャップをどう埋めていくかっていう。
僕はギャップはあるほうがいいと思っているんですよ。業界の常識は世間の非常識だって思ってて。だから家業と同じ業界から家業に戻るっていうのはあんまり良くないと思っているんですよね。
僕もリクルートから今の会社に入って、それこそ“そろばんのギャップ”とかもあったけど、それ以上に「約束手形」を当たり前に発行していること自体もすごい危機感を感じたしね。
「こんなもの人生ゲームだけじゃなくていまだに世の中に発行されているんだ」という。しかもその裏にハンコおして、他に回す、みたいなルールがあって。「何このルール!」みたいな。銀行に行っても現金化するのがむずかしかったりするんです。
ホームセンターも180日の手形だったんで、それを銀行に持って行って割引してもらうわけですよ。要は1000万の手形だったら、950万とかで買ってもらうわけですよ。そこで50万ロスするわけじゃないですか。挙句の果てには「落ちません」って言われたりして。銀行から「迎えに来てくれ」って電話がかかってきたりもする……。
いまだに落ちなかった手形の束を持っているんですけれど、異業種から経験して「これが当たり前じゃないんだ」っていう感覚を持つっていうのはすごく大切だなと思ってます。
■モノからコトへ ブドウを活用した体験型の事業展開を目指す
山田:じゃあ時間もないんで。最後「今の悩みは何ですか」をいってみましょうか。
奥野:悩みというか、いまチャレンジしようとしていることなんですけど、我々はブドウだけ作っていても6月半ばから9月半ばくらいまで3か月しか収入が入らない。
山田:そうなの?!
奥野:そうなんですよ、だから正社員が雇いづらいっていうのがあって。だから他の作物を作るにもブドウを作りすぎていて手が出せないので、ブドウを軸として、いかにブドウという“モノ”じゃなく“コト”を使った体験を事業にしていけるかっていうところが悩みというか、課題としてやろうとしているところですね。
山田:なるほどね。田中さんはどうですか?
田中:皆さんの会社もそうかわからないんですけど、マーケティングだとか、ブランディングだとか、そういう知見がある人がいま社内に僕しかいないんですよ。なのでいちいちなぜそれをやらないといけないか、っていう話をしながらやらないといけないんです。だからそこに向かって一緒に動ける人とかがどうやったら入るかな、っていうのは今悩んでますね。
山田:やっぱり組織作りですよね。僕らも8年前から新卒採用を始めて。やっぱり新卒が会社をすごく変えると思っているんです。だからベンチャー仲間が周りにいっぱいいるんですけど、彼らには「騙されたと思って新卒採用してみろ」っていつも言ってて。1年後に入ってくる大学生を受け入れるっていうのは、準備ももちろんするし、先輩のケツにも火が付くので。で、だいたいすぐうまくいかないと1年で採用自体をやめちゃうんで、まずは新卒採用を3年やってみろと。
僕たちの会社はそれですごく変わりましたからね。
■決算書には目を通せ! 先輩たちがアトツギに授けるアドバイスとは・・・
山田:では、いよいよ最後、これから挑戦を始める同世代、30歳前後とかの人に、自分の経験をシェアするというか、エールを送るとしたらどんな言葉ですか?
田中:二つあって、1つは、決算書を見たほうがいいかなっていうことですね。
もう一つは、売上があると思うんですけど、その売上ってすごいなとおもっていて。
お客さんにとって、数ある選択肢の中から選んだお金の使いどころに選んでもらえたってことじゃないですか。みなさんの実家の家業が第一選択肢だったわけで。その売り上げがなんなのかっていうのは、ちゃんとセットで見ておいたら、何をしたらいいのかとかも見えてくるんじゃないかと思うんですよね。
山田:なるほど、そういう実感をしたんだね。売上があるということは、なにかしら商品を買ってくれる人がいて、田中さんの店を選んでくれたんだと。
田中:そうですね。
山田:なるほどね。奥野さんは?
奥野:家族ときちんとしっかり話をしてから家業に入るっていうことに尽きると思います。
自分はけっこう強引にいったんで、正直あまり父親と話しもできてなかったですし、もしちゃんとその時話ができていれば、自分の想いもちゃんと伝えられたと思ったし、言い方は悪いですけど、交渉材料になったんじゃないかな、って思うんです。
「これはこうしたい、俺はこうさせてもらう」っていうのをやる前にちゃんと話をしておくだけで、だいぶ違ったんじゃないかなって思ってます。
山田:確かに、家業に戻ってくる前にそんな話を持ち掛けられたら、お父ちゃんも嬉しいわな。「なんでもお前の好きなようにやってええぞ」って言ってたかもしれへんね。
今回レポートされているイベントはこちら
https://peatix.com/event/1342133/view
記事:櫻井朝子、写真:塩川雄也
アトツギベンチャー編集部
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