2018.01.11
【インタビューVol.12】長く続いた家業の「信用力」を活かして起業、ロボティクス農業で世界へ(株式会社みつヴィレッジ/八百 伸弥 氏)
兵庫県姫路市網干にある造船地帯を進んでいくと、突然現れるビニールハウス。
直売所ではあっという間に売り切れてしまうという、知る人ぞ知る「やおちゃんトマト」が作られている。
運営しているのは2014年に設立されたIT型農業を実践している株式会社みつヴィレッジだ。
今はトマトを中心に栽培しているが、将来的にはロボティクスを活用し、地域の特性や気候を超え、いつの時期でもどこでもおいしい作物が作れる農業ビジネスを目指している。どう見ても農地ではないこの場所にビニールハウスがある理由は、このトマトを栽培している会社に秘密があった。
実は、お話を聞いた社長の八百伸弥氏は、1946年に創業した株式会社網干造船の次期四代目。つまり、造船会社のアトツギである伸弥氏が子会社として設立したのがみつヴィレッジというわけだ。
Q 造船会社を直接継ぐという形ではなく、自分で起業されました。これまで家業をどう見てきましたか?
A 少し話が遡るんですが、僕の曽祖父は御津(みつ)という地域の町長をしていて、街づくりに尽力したことで、小学校の道徳の授業にも名前が出てくるくらい、地元ではけっこう名の通った人で。町のために役に立つ仕事がいいなと漠然と思って育ちました。
地域を元気にする仕事がしたい、市長になりたいなと思っていたのもあって、学生時代はいろんな街の市長に会いに行ったりしていたんです(笑)。
ただ、いろいろと考えを深めていくうちに、政治の面から地域を活性化することよりも、経済面で結果を出して良くしてくことに可能性を感じて。
家業に戻る可能性はもともと60%くらいに思っていたことと、ビジネスの勉強がしたいと思って、新卒でコンサル会社へ就職を決めました。
就職して数年、「そろそろ自分で事業をやりたい、戻ることも視野にある」と親父と話した時、「鉄鋼業は働く人が高齢化していることもあるし、産業的に衰退していくと思う。未来を見据えるとこの事業をずっと続けることは得策ではないから、継ぐ条件は鉄鋼業をやらないこと」と言われて。
「わかった、帰ってロボット事業をやる」と伝えて戻ってくることに。
Qよく親子で対立する話を聞きますが、理解のあるお父様ですね。
A 理解があるのか、あまり深く考えていないのかわかんないですけど(笑)。
でも、実家を出て行った息子が帰ってきて「継ぐ」といわれたらやっぱりなんだかんだで嬉しいんじゃないかな。
僕としては、地元だけでなく、どこの地域であっても活性化の一翼を担いたいと思っていたこともあり、ここに戻ることに対しては抵抗はなかったんですが、事業を起こすとなるとよっぽどの優れたビジネスと認めてもらえなければ、資金調達は難しいのが現状です。
そこで、自己資本比率が99%で経営状況も良好だった網干造船の「信用力」を生かす形がいいのではと考え、銀行から約3000万円を融資してもらいました。
みつヴィレッジを設立した2014年ごろは、農業に参入した大手企業が次々に失敗をし、撤退していたころでもあり、業界的にも失敗が続いている事業分野だったので、網干造船の信用力がなければ、できたばかりの会社が借りることができない額だったと思います。
Q 家業の信用力を生かして起業する中で、いろいろな事業が考えられたと思うんですが、なぜ一見家業の業種とは関連性のない農業を選択されたのでしょうか?
A きっかけは偶然なんです(笑)。
前職の最終出社日、帰り際にたまたま廊下で会った先輩が農産物の直売所のコンサルをしている人で。
「僕、今日が最後なんです」って伝えたら、「じゃあ飲みに行こう!」ってなって(笑)
自分のこれからやりたいことの話をしていたら、「ちょっと考えているビジネスモデルがあるんだけど、誰もやってくれへんねん」と、とある農法を使ったビジネスの話をしてくれました。
理論上はうまくいく話で、確かに面白そうでした。ただ、初期投資が5000万くらいかかるらしく、農家さんはそんなに初期投資ができないし、異業種からの農業参入はうまくいかないと思われていた時期だったので、企業側も二の足を踏んでいて、誰もその事業に挑戦していないと。
僕も、「5000万も出せないしな」と思ってその場でいったん終わっていたんですが、数か月後、自分がやりたいと考えていた「教育×ロボット」の事業で行き詰って、ふと「農業ビジネスの話」を思い出して。
もう一回話を聞いて、腑に落ちれば可能性があるなと思って、改めて話を聞きに行ったんです。これが農業ビジネスを始めたきっかけです。
あの時廊下で先輩と出会い、飲みに行っていなければ、今は農業ビジネスをやっていなかったかもしれない。結果として、当初やりたいと思っていたロボット事業は農業分野でやっています。
Q 農業を事業化していく中で、何が一番ネックになりましたか?人材の確保でしょうか?
A 土地ですね。
農地転用で別の用途の土地になってしまったものは元に戻せないですし、今まで農業の実績のない業者にとって土地の確保って結構難しいみたいで。
そんな中、うちの工場の土地は工業地帯に位置するんですが、地目がたまたま「雑種地」だったので、ハウスを作ることができたんです。
Q 数ある農作物の中でトマトを選んだのはなぜですか?
A ほうれんそうの「美味しい・美味しくない」ってわかりづらいじゃないですか。
トマトは味やクオリティがわかりやすく、市場規模が一番大きな作物。購買頻度が高く、消費者の嗜好が売り上げに如実に反映される野菜なんです。
たまたま実家の周辺にトマトを作っている農家が多かったということもありますが、どこのスーパーでもトマトは集客商品。人を集める力のあるトマトであれば、流通に出さなくても直売で売れます。
生育コストを考えると流通に乗せて市場に出してしまうと価格面では勝てませんが、直接売れる商品なら勝負できると思ったのでトマトにしたんです。
戦略的に考え抜いてトマトを選んだのですが、論理的な思考が身についたのはコンサルで働いていたおかげだと思っています。
また、トマトを作っていく過程においては、品質の維持と収穫量アップを両立させるために「温度・湿度・気流・水・養分・CO2」の要素すべてをITで管理しています。野菜が欲しているタイミングで水をあげるのが一番いいので、ITで制御し、自動的に水がやれる仕組みになっています。
特に、東南アジアでは、トマトは富裕層のニーズが高い。現地で作れるようになれば大きなビジネスチャンス。今後は海外進出を視野に入れていて、現地視察にも行ってきました。
Q 最後に、アトツギにこれはした方がいいということってありますか?
A そういえば、ドラマの「陸王」をみてて、足袋屋が新規事業でランニングシューズを作りたいけれど、機械の調達で資金がなくて苦しむシーンがありますよね。僕は補助金を使えばいいじゃんって思うんですよ(笑)。
熱意をもって可能性のあるアイディアに挑戦している人を応援したい人って、いっぱいいる。そういうところに頼った方がいいと思います。
応援してもらおうと思うと、きっちり絵をかいて、ビジョンを明確にする必要がある。
ゼロイチには補助金が出ることはほとんどないですが、1から3に、3から10にする事業に使える補助金を活用しない手はありません。
考えていることをしっかりと描いて伝えることで、ビジネスを加速させることができる。
自分のビジネスやビジョンの確かさを試す場でもあるので、積極的に活用したらいいと思います。
また、自分の視野にない話を先輩たちに聞きに行くことは、一番お金のかからない投資だと思ってて。今の自分には、相手にメリットが提供できないとしても、恐れず会いに行った方がいい。
「この子、応援したら面白そうやな」って思ってもらえる雰囲気がある人はいろんな人が力になってくれる。
自分もそうやってたくさんの人に応援してもらって今があるんです。
言葉一つ一つから熱意が感じられることが大事だから、自分の進む方向をしっかり見据え、力いっぱい猛進していったらいいと思います。
<会社情報>
株式会社みつヴィレッジ
〒671-1231 兵庫県姫路市 網干区大江島805番地
会社公式サイト:http://www.mitsu-village.com/
<カンファレンス開催のお知らせ>
【2/16開催】 「ベンチャー型事業承継のススメ」アトツギよ、前提を変えろ!
▶ 詳細・お申込みはこちらから:http://nextconf.peatix.com
このイベントでは、ベンチャー型事業承継を実現している経営者、ファミリービジネスとベンチャービジネスに精通する有識者、ベンチャーキャピタリストなど、さまざまな立場のキーパーソンが登壇。「ベンチャー型事業承継」という新たな分野がもたらす可能性について語ります。
【日時】 2018年2月16日(金)13:00~16:30
【会場】 大阪イノベーションハブ
https://www.innovation-osaka.jp/ja/access/
〒530-0011 大阪市北区大深町3番1号
グランフロント大阪 ナレッジキャピタルタワーC 7階
※北3のエレベーターをご利用ください
【定員】 100名
(要事前予約。満席になり次第締め切ります)
【参加費】無料
【登壇者】
レオス・キャピタルワークス株式会社
代表取締役社長・最高投資責任者 藤野英人氏
忽那 憲治 氏
神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 副研究科長 教授
神戸大学大学院 経営学研究科 教授(兼任)
京都大学経営管理大学院・みずほ証券寄附講座の客員教授(兼任)
株式会社ジャパン・ファームプロダクツ
Japan Farm Products (Cambodia) Co.,Ltd.
代表取締役社長/President 阿古 哲史氏
株式会社 幸和製作所
代表取締役社長 玉田秀明氏
▶ 詳細・お申込みはこちらから:http://nextconf.peatix.com
<編集後記>
一見、造船の鉄鋼業だった家業とは全くかかわりのないIT×農業分野での起業。
お話をしていると自分のビジョンに向かって進んでいくために、とことん考え、身の回りで活用できることはしっかりと活かす姿勢が貫かれています。
ここまで合理的に家業を活用しているアトツギを見たことがなかったので、とても驚かされました。
アトツギは受け身になることなく、自分に関わるリソースをどう活かしていけるかを真剣に考えなくてはいけないのかもしれなません。
取材の最後に見学させてもらったハウスでいただいたトマト。めちゃくちゃしっかり味があり、こんなにおいしいトマトがあるのか!と驚いたほど。
ロボティクスの技術で、このトマトを毎日食べられる未来が来るのはもうすぐそこかもしれませんね!
(取材/文/写真:中山カナエ)

ナカヤマ(中山 佳奈江)
1986年生れ。家業はド田舎&山奥で食器と仏壇の小売業。ギリギリU34なメンバー最年長であり唯一の昭和生まれ。前職の出張が多い生活が高じて鉄道路線図や地図とにらめっこするのが趣味。誰かへおすすめできる場所や物を中心とした旅行やお出かけに関する記事の執筆・写真提供の活動をしている。好きな食べ物はアジフライとみそ汁。昭和っぽい雰囲気が漂う喫茶店、赤ちょうちんの居酒屋の佇まいになぜホッとしてしまいがち。
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