2019.11.26

【インタビューvol.34】印刷屋からノベルティ販売に業態転換。スキルの標準化によって、組織力の強い企業をめざす(チャンスメーカー株式会社/平林 満氏)

1910年に福井県で創業した平林印刷は、もともとは“まちの印刷屋”だった。しかし、ノベルティ製造販売に業態を変化。現在は、販促品の企画やノベルティ通販サイト『販促花子』での通信販売を主力事業として、企業の販促を支援している。こうした業界の変更に伴い、2019年10月には、社名をチャンスメーカー株式会社へと変更した。

 

四代目であり代表取締役CEOを務める平林満氏は、小学生の頃から家業を意識して育ち、印刷関連の専門学校などを経て家業に参画。営業として新規顧客開拓に奔走した後、2003年に代表取締役に就任した。「従来の印刷業にとらわれず、新しいことに果敢に挑戦しよう」と業態変更や営業手法の変革などを実現して、入社時には9000万円だった売り上げを29億円(2018年度グループ合計)まで押し上げる。

 

上場をめざし、さらなる高い売上目標と組織力の強化に注力する平林氏に、家業を継ぐまでの経緯や業態変更の理由、今後の展望についてお話を伺った。

 

 

Q. 子どもの頃から家業を意識していましたか?

 

A. もともと実家と同じ敷地で家業をしていたんです。玄関は分かれていたものの、電話機も会社と家で共用だったので、「電話が鳴ったら、『平林印刷です』って出るんだよ」と小学生の頃から言われてましたし、意識せざるをえなかったです。

 

姉と双子の弟がいるんですが、小学生のときに私と弟のどちらが継ぐのかと親に聞かれて、弟は「継ぎたくない」と。うちは活版方式の印刷屋だったことで、周りの大人から「活版屋!」と呼ばれていたんですが、それが嫌だったみたいで。「だったら長男の俺が継ぐか」と自然と思っていました。

 

しかし、勉強が苦手で大学に行けないと困っていたところ、父親が勧めてくれたのが東京にある印刷の専門学校で。「三回遅刻したら退学」という厳しい学校で、私も退学寸前までいきました。周りは99%が印刷屋の息子。当時はバブルの時代であり、「印刷屋はお金持ちがやるもの」という風潮があったため、高級マンションに住んでいたり外車に乗っている学生もたくさんいたんです。

 

一方、うちは兄弟全員が一人暮らしをしていたこともあって家計が苦しく、里帰りしたら父親の車がクラウンからカローラに変わっていて、我が家の財務状況の厳しさを察してしまって。周りとのギャップを感じ、そこからは「成功しないといけない」と思うようになりました。退学にならないために誰よりも早く登校するなど行動を改めて、専門学校を卒業することができました。

 

 

Q. どのようなきっかけで家業に戻ったのでしょうか?

A. 自分の力でもっと稼げる、もっと稼いでみたいと思ったのがきっかけですかね。

 

専門学校卒業後は、大阪の印刷会社に就職しました。周りは大卒ばかりで、基本給も私が一番少なかったんです。「負けたくない」という思いで働き、1年目からトップ営業になりました。2年目には周りの2倍の利益を、3年目には周りの3倍の利益を挙げたけれど、それでもインセンティブは規定通りの1万円のみ。基本給が15万円なので、足しても16万円しか稼げませんでした。

 

「それなら自分でやろう」と思っているときに、父親が「前職と同じ基本給は保証するし、成績に応じてインセンティブも出す」と言ってくれたので、家業に戻ることになったんです。我が子の性格をよく知っている父親に、うまく釣られてしまいました(笑)

 

 

Q. 家業に戻られてからはどのように仕事をされていたのですか?

A. 自信満々に始めたものの、最初は成果が出ませんでした。私個人に対する信用が無かったからです。

 

大阪の印刷会社でトップ営業になったことで、かなり自信は付いていたんです。だから、高いインセンティブを貰う代わりに、「顧客の引き継ぎは要らない。自分で開拓する」と宣言しました。というのも、当時の取引は官公庁がメインでしたが、私は民間企業と取引をしたかったので。

 

一方で平林印刷には、「支払いは半年先でもいい」と言われるほどの信用がありました。そこで、「お客様は自分で開拓するから、支払いや仕入先は平林印刷を使わせてほしい」と頼んで仕事をすることに。売り上げ目標から逆算して、「一日に20件を訪問し、半分から見積もりを取り、さらに半分を受注しよう」と決め、お昼休みも取らず深夜3時ごろまでがむしゃらに働きました。

 

平林印刷に入社したのが1992年で、2003年には代表取締役社長に就任しました。私が30歳で、父が60歳のときです。それからは、すべてを任せてもらっていますし、何に対しても反対はされないですね。

 

▲タイミングよく偶然居合わせた先代(お父様)と

 

Q. “まちの印刷屋”だった平林印刷は、2015年にノベルティ販促サイト「販促花子」を開設するなど、業態転換へ舵を切りました。どんなきっかけがあったのですか?

A. もともとは工場もあって機械も持っていたのですが、小さな会社なので設備が整っていなくて。機械を操作していた社員が退職するタイミングで自社での生産を辞めました。それまでも外注先を多く使っていたので、今後は「外注先を武器にしよう」と決めたんです

 

お客様が「高品質を求めていれば高品質の工場」「短納期を求めていたら短納期の工場」など、ニーズに合わせて、適した外注先とお取引できることがわれわれの強みだなと。

 

それと同時に、営業への負担の大きさに気付きました。印刷業は商品ありきではなかったので、お客様からヒアリングをして、的確にニーズを掴み、それを形にしなければなりません。それにはかなりのスキルが必要で、「ヒアリング能力も無いのに何しに来たんだ」とお客様から相手にしてもらえないことも多い。だから、入社1〜2年目の社員は、落ち込んだり自信を無くしたりしてすぐに辞めてしまっていました。

 

そこで、「営業が売りに行けるいい商品を作ろう」、そして「商品さえ良ければ、あとは売るタイミングしだい。タイミングは会社で掴み、『今だ』というときに営業を訪問させよう」と決めたのです。対面販売以外に通信販売という手法も始めました。

 

 

Q. 業態転換もきっかけとなり、売り上げがぐっと上がっていますが、その分、売り上げ目標も高くなり、事業の進め方なども変わったのではないでしょうか?

A. 私が家業に戻ったときの売り上げは9000万円で、すべて福井県内からの売り上げでした。しかし、今では取引先が全国に広がり、福井県内からの売り上げは10%に。

 

今期は44億の売り上げを目標にしていて、2020年は売り上げ100億という目標を立てています。高い目標を前に、最初は「何を言っているんだ」と思う社員もいたでしょう。けれど、もう20年以上も年2回の経営発表会を続けていて、会社にまつわる数字、組織図、中期経営計画などをすべてオープンにして、ビジョンを説明したり、「この目的を達成するために、これだけの投資をここにします」といった話をしているので、理解してくれていると思います。父親は無借金で事業をしていたので、私もその真似をしてきました。けれど、「投資をしないと会社を拡大できない」こともわかってきたので、これからは事業成長のための投資は惜しまないようにしようと思っています。

 

 

Q. 今後力を入れていきたいことはありますか?

 

A. 組織力の強化です。社員一人ひとりのスキルに頼るのではなく、標準化をめざしています。

 

我々は上場をめざしているんですが、その目的は、当社が事業成長をする中で身に付けた売り上げを上げるテクニックと、仕入れ・調達力を同業他社に提供するためで。当社だけでなく、業界全体で成長して仕組みを作ることで、お客様である中小企業も買いやすくなり、少ない予算で結果の出るプロモーションが実現しやすくなると考えています。

 

そのためには、「魅力的な商品を作る」、「売るタイミングや2回目訪問のタイミングを会社で決める」、「見積書や提案書の作成はバックオフィスが担当する」などといった仕組みや体制を作ることで、営業はお客様との折衝に集中できます。そして、誰が営業になっても同じくらいの成果を挙げられるようになるはずです。

 

他にも、コールセンターの電話対応やサービスの質なども標準化させていきます。ルールと仕組みがあって組織力が強い会社なら、20代の若い社員でもマネジメントができるでしょう。福井の若者に、仕事における大きなチャンスを与えたいという思いもあるので、テクノロジーも用いながら組織力を高めていきたいですね。

 

 

Q. 全国のアトツギの方にメッセージをいただけますか。

A. 視野を広げるためにも、一度は別の企業で勤務する経験を積むことをおすすめします。その上で、継ぐことを考えられるのであれば、1秒でも早く家業に入った方がいいと思います。

 

いきなり家業に入って経営ができるわけではなくて、まずは現場に入って働き、仕事を知るための時間も必要ですから。

 

たとえば飲食店のアトツギなら、居酒屋に行ったときにメニューや内装、オペレーションなどをついつい見てしまうでしょう。家業に早く関われば関わるほど、アンテナが立ち意識が変わると思うので、早めに家業に入ることを勧めたいですね。

 

 

(文:倉本祐美加 /編集:川崎康史/ 写真:中山カナエ)


<会社情報>
チャンスメーカー株式会社(旧社名:平林印刷株式会社)
https://ch-mk.jp/
〒910-0844 福井県福井市長本町220-1


 

アトツギベンチャー編集部

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