2022.01.24
【インタビュー Vol.52】国内初、紙パックナチュラルウォーターで業界を革新(株式会社ハバリーズ 代表取締役社長 矢野 玲美氏)
市販されている「水」といえば、容器は「ペットボトル」。それが当たり前だった日本で、2020年8月に国内初の「紙パックの水」が発売された。株式会社ハバリーズが製造する「ハバリーズ」だ。発売されるやいなや、環境配慮の意識が高い企業や行政から多くの支持を受けている。
近年、世界中でSDGsの取り組みが推進され、日本でもレジ袋をはじめとする「脱プラ」の動きがあるが、このような社会情勢も追い風となった。
「海外では紙パックの水は普通に売られている。チャンスだと思った」と話すのは、代表取締役社長の矢野玲美氏だ。家業はペットボトルの水をOEMで製造・販売する事業を行っていたが、第二創業として「徹底的に環境配慮した」という紙パックウォーターの開発に挑戦。株式会社ハバリーズを立ち上げた。
包材のリサーチ・調達、製造工場の選定・交渉、またリサイクル回収や寄付に始まり、ニッチな市場を見据えたブランディング、メディアを大いに活用した“空中戦”での営業戦略など、矢野氏が情報収集し、考え抜き、行動に移したという。
綿密な事業戦略や水業界の課題、第二創業を成功させるために活用した家業の資源、今後の事業展開などについて、矢野氏に語ってもらった。
「ペットボトルの水」事業の家業を継ぎ、第二創業として「紙パックの水」事業に挑む
Q. もともとはお母様が経営されていた株式会社アクアテック羽馬禮を継がれたんですよね。そちらはどんな会社で、矢野さんはいつ頃から事業に関わられていたのでしょうか。
A. 大分県の羽馬礼という地域は私の祖母が住んでいるところです。この場所を中心に複数の水源を持っており、母が工場を造ってミネラルウォーターの製造・販売を始めました。自社ブランドは持たずに、取引相手先のブランド名で製造を行うOEM事業がメインです。
当時、私は技術系の商社に勤めていたので、営業したり資料を作ったり部分的なお手伝いだけをしていました。ただ、うっすらと「母の事業を承継するんだろうな」と思っていました。
代表になったのは2018年ですが、年齢も25歳と若かったですし、まだ商社に勤めていて海外出張も多かったこともあり、はっきりとした「社長就任・交代」というよりは、現場にサポートしていただきながら段階的に継いだという感じですね。
Q. その後、第二創業で紙パックのナチュラルウォーター「ハバリーズ」を製造・販売する株式会社ハバリーズを立ち上げられたわけですが、どういうきっかけだったんでしょうか。
A. 勤めていた会社がエネルギー開発や灌漑システムなどの技術系商社で、中東(ドバイ)やヨーロッパに滞在する機会が多かったんです。その時に海外、特に欧米では、紙パックの水が普通に売られているのを見て、日本にはまだないことに気づきました。また、脱プラスチックの動きが加速してるにも関わらず、ライフスタイルのなかでペットボトルの水しか選択できないことに違和感を感じていました。
ミネラルウォーターは差別化やブランディングが難しいアイテムで、競争が激しい業界です。差別化が難しいために価格競争しかなく、業界的に価格崩壊の傾向がありました。
当社も他社と同じく、価格崩壊の中でどれだけ工夫をしても限界があると感じていました。なおかつ業界の古い体質も改善したい点がたくさんあったので、紙パックの水は、いろいろな意味で“チャンス”だと思ったんです。
貴重な日本の水源を使用した製品を供給している各メーカーが激しい価格競争にのみ込まれ、薄利で経営をせざる得ない状況に違和感を感じていました。日本は世界のなかでも豊富な水資源に恵まれているので、その価値になかなか気づいてもらえないのかもしれません。美味しい日本のミネラルウォーターが本質的に価値あるものとして評価されるにはどうしたら良いのかという気持ちでした。
マーケティングやリサーチから一人でスタート。「日本初」というスピード感を大事に、商品完成前から売り込む
Q. 「紙パックの水」を思いついたのはいつ頃ですか?また、実際に製造・販売にいたるまでに苦労はありましたか。
A. 株式会社ハバリーズの設立が2020年6月なので、思いついたのは2019年頃ですね。
いわゆる第二創業といっても、商品開発も商流もすべてゼロベースからのスタートでした。マーケティングや市場リサーチなど自分一人で始め、業界の人たちにヒアリングを始めました。
資材調達においても、ペットボトルと紙はまったく業界が違うので、「こんなの作りたいんですけど」と地道に問い合わせるというのをコツコツやっていった感じです。日本ではまだ誰も紙パックの水を作ったことがなかったので、包材のリサーチ・調達と製造工場のリサーチ・交渉には特に時間がかかりましたね。
Q. 思い立ってから行動に移されるのが早いですが、躊躇することはなかったんでしょうか。
A. そうですね、この事業はスピード感が大事だと思っていましたから。“日本初”の取組みだからこそ、メディア戦略もうまくいくという考えがありました。2020年の東京オリンピックは結局延期になりましたけど、その時は「絶対オリンピックに間に合わせる!」というのがモチベーションでした。
Q. 販売してすぐにどんどん販路を拡大されていますが、最初のお客さんはどうやってつかんだんですか?
A. 最初のお客さんはナチュラルローソンさんです。普通は商品が出来上がってから商談することが多いと思いますが、私はまだ商品ができていない時に、紙パックのデザインサンプルから手組みで立体模型を作り、今後の展開イメージや資料を持ち込んで提案をしました。結果的に「こういう商品を待ってました!」という担当の方のおかげで、わずか数日でナチュラルローソンさんとの契約が決まりました。
「1年で販路を拡大してすごいですね」とよく言われるんですが、発売する前からメディアなどに「こういう商品を作るので扱ってくださいね」「宣伝してくださいね」というアナウンスは事前に行っていました。その結果、スムーズな販路拡大につながったと思います。もちろん、コロナの影響によって断られたり白紙になったりした案件もたくさんありますけど。
考え抜いたブランディングとメディア戦略で勝負をかける!
Q. 商品ができあがってからの営業はどのようにされてきたんですか?
A. 営業戦略としても古い体質を脱却しようということで、従来の販路ばかりではなく、これまでにない販路を開拓することを考えました。紙のパッケージによって、日本の水の新しい価値を改めて再認識してもらえる販路はどこか、いろいろと試行錯誤しました。その結果、ただの「水」ではなく、「環境配慮のコミュニケーションツール」として、ラグジュアリーなファッションブランドの来客アイテムや、外資系企業や上場企業での社内飲用などにご利用いただいています。
Q. 紙パックの水が売れるという確信はあったんですか?あったとしたら、その根拠は?
A. 発売前は、同じ業界の方からはネガティブな意見が多かったです。
でも、どうしたら売れるのか、どこに紙パックの水のニーズがあるのかを考え抜いたところに、ニッチな市場があることに気づき、SDGsの追い風もあったので、環境配慮のコミュニケーションツールとしてメッセージ発信をしようと思いました。
そういった時流を捉えたブランディングを考えていたので、取引のほとんどがBtoBです。環境配慮に意識が高い、SDGsを推進している企業や行政機関、高級ブランド、ホテルなどさまざまなクライアントと取引させて頂いています。
家業の資源である「情報」と「人材」を活用。そして時流に乗る。
Q. ハバリーズはゼロベースからのスタートでしたが、本来の家業であるアクアテック羽馬禮の有形無形の資源を活用できたと思うことはありますか?
A. 1つはマーケットを見極める際の「業界の情報」ですね。業界の慣習ってネガティブに見がちですが、客観的な目線や異なる業界の視点で見直したら意外なニーズを発見できます。当事者や関係者にとってあたりまえの情報でも外部の視点からみた場合、それは価値あるデータや情報の場合もあります。
もう1つは「人材」です。家業のアクアテック羽馬禮と兼任している従業員がいるのですが、業界や経営陣のカラーも理解してくれているうえに、経験が豊富なので即戦力にもなる。スタートアップは人材不足がネックになりやすいですが、採用・教育の必要もなかったので、これはかなりアドバンテージがあるんじゃないでしょうか。
Q. 技術系の商社で働いた経験やノウハウが役立っているということはありますか?
A. 海外の人、特に中東の人を相手にプレゼンしたり商談したりすること多かったんです。緊張感がある、慣れない環境のなかでの商談や会議であっても、臆することなく自分の意見を主張したり交渉したりしなければいけませんでした。ハバリーズを起業してから大手取引先や社会的立場がある方との面談などさまざまな機会に遭遇しますが、緊張することはあまりないかもしれませんね。
Q. 今後の事業展開はどのように考えられていますか?
A. まだハバリーズは一般的には認知されていないので、販路拡大はもちろん今後も継続していきたいです。ハバリーズは水ではなくコミュニケーションツールとしての役割が大きいと考えているので、リサイクルの重要性、女性のエンパワーメントや教育、水源保全などのメッセージ発信をしていきたいと思います。
そのなかでも「地方創生」についてお話します。日本国内は豊かな素晴らしい水源に恵まれていますが、実際は正しい形でその資源が守られているわけではありません。外国資本による買収や環境汚染などさまざまな理由によって失われつつあります。行政と協力して地方の水資源のポテンシャルを活かせる取り組み・事業化を行っていきたいです。
Q. 「事業承継」「アトツギ」という観点から、事業を通して何か得られたことはありますか?
A. 第二創業という形で事業承継を行なった弊社のモデルを知った、似たような業界の方から、嬉しい問い合わせが来ることがあります。「希望が持てました」「参考に話を聞きたい」と。
製造業は少し地味に見える業界だからなのか、事業継承をためらう若い方が多いと聞きます。しかし、製造業だからこそ可能な商品展開があって、あらゆるビジネスのルーツとして重要な存在です。時流に沿ったイノベーションを起こしながら事業を承継するというロールモデルとして、社会に少しでもインパクトをもたらすことができたのは嬉しく思います。
(文:山王かおり 写真:株式会社ハバリーズ提供)
<会社情報>
株式会社ハバリーズ
〒600-8102 京都市下京区本覚寺前町816-2
代表取締役社長 矢野 玲美 氏
アトツギベンチャー編集部
おすすめ記事
-
2022.02.04
【インタビューvol.54】「違和感」は新規事業の原動力、時代の風を読んで取り組むフードロ
壷井氏は32歳で家業を継いで以降、社内外で「ただ課題解決のためだけ
-
2022.01.26
【インタビューvol.53】ワールドワイドに広がれこんにゃく文化! 「SHAPE MEN」
Q. 「SHAPE MEN」って?? 一般的な「こんにゃく」とは違い、身体にじっ
-
2022.01.24
【インタビュー Vol.52】国内初、紙パックナチュラルウォーターで業界を革新(株式会社ハ
市販されている「水」といえば、容器は「ペットボトル」。それが当たり前だった日本で
-
2022.01.17
【インタビュー Vol.51】20歳で掲げた夢は「世界に必要とされる企業にする」。菓子卸売
全国に売店192店舗、食堂36店舗を展開している心幸ホールディング
-
2022.01.13
【インタビュー Vol.50】社員の1/3は虫博士。「個人が自立したフラットなチーム」と「
片山氏は35歳で家業を継いで以降、殺虫剤用の噴霧器メーカーから防虫資材商社へと業
-
2021.03.05
【アトツギピッチ優勝者インタビュー】 “船場”からテクノロジーの会社ができたらおもしろい!
2021年1月23日に開催されたアトツギピッチで優勝した株式会社志成販売の戦正典
-
2021.03.04
【インタビュー Vol.49】本当に美味しい生パスタを届けたい!麺一筋110余年のノウハウ
淡路島中北部の大阪湾を望む立地に本社兼工場がある淡路麺業株式会社。併設されている
-
2021.02.26
【インタビュー Vol.48】社長業は未来をつくる仕事。人を育てることを軸におき、家業の製
昭和11年にゴム材料商社として創業し、高度経済成長期を経て、ゴム製品を製造・販売
-
2021.02.24
【インタビュー Vol.47】農業×I Tで見えない技術資産を未来へつなぐ。(有限会社フク
「実は、家業に入ったきっかけはあまり前向きな理由ではなくて・・・」と苦笑しながら
-
2021.02.23
【インタビューvol.46】特殊曲面印刷の技術を導入する体制構築や、人材育成に注力。ライセ
福井県の特産品といえる眼鏡を販売する会社として創業した株式会社秀峰。ギフト事業参