2021.03.05
【アトツギピッチ優勝者インタビュー】 “船場”からテクノロジーの会社ができたらおもしろい! 「想い」×「3D仮想空間技術」でお客さまの志を成就させる『AR MALL(エアモ)』を世界に拡げたい(株式会社志成販売/戦正典氏)
2021年1月23日に開催されたアトツギピッチで優勝した株式会社志成販売の戦正典氏。大阪の船場で創業して50年になる天然素材を中心とした生活・服飾雑貨を企画・卸販売の2代目だ。家業に戻ってからは、会社の資源を活かし、スマホやPCで商品を3Dで確認でき、販売店の強みである音声による接客体験ができるアプリ『AR MALL(エアモ)』を開発。アトツギピッチではビジネスモデルを発表し、アトツギならではの新規事業で完成度が高いと話題を集めた。
「今後は一人ひとりの社員の想い、そして、お客さまの志を成就させる究極の遊び(=仕事)ができる会社として一緒に成長していきたい。『AR MALL(エアモ)』を船場から世界へ拡げたい」と熱い想いを抱く戦氏に、家業に見つけた発展性や入社後の苦労、新規事業を形にできたポイント、アトツギピッチへ参加して感じた魅力などを聞いた。
アトツギピッチの動画はこちら
戦さんのプレゼンは こちら から
―― アトツギピッチ優勝おめでとうございます。まずは、ご自身のことや家業について伺いたいと思います。子どもの頃から家業は意識されていましたか?
戦:ありがとうございます。父方母方ともに起業家の家系だったので、自分も何かビジネスをするだろうとは思っていました。
高校生の時に米国人の高校生が自宅にホームステイしたことがきっかけで、米国への憧れが膨らみ、交換留学制度を利用して留学しました。
大学や大学院も米国や中国で学び、「米国で一発当てよう!」という気持ちが強かったので、学生時代は家業を継ぐつもりはありませんでした。
その後、米国で起業したのですが、残念ながら軌道に乗らず結果は出せなかったんですが、その時の商品を見たシリコンバレーの人におもしろいと思っていただけて。
それがきっかけでファッションテクノロジーのエンジニアとして働くようになり、スタートアップの世界にどっぷり浸かっていきました。
―― 米国でエンジニアを続ける道ではなく、家業を選ばれた理由を教えてください。
戦:元々家業には興味があったので、会社の状態を理解するためにも数名の社員と話したことが、継ぐきっかけになりました。
当時ビジョンが見えないと家業を継ぐ決心が出来なかったので、本当は社員全員と話せたらよかったんですが、会社の十数名と「どういう会社にしたいのか」を聞く機会を作ってもらいました。会社への不満や不安がたまっていたけれど、共通していたのは「なんとかこの会社を良くしたい」という想いだったんです。
みんな不安がある中でもこの会社に可能性を感じているし、何かできるんじゃないかと思っている。会社の状態を例えると、キャンプファイヤーの火が消えかけているけど、燃料はたっぷりある状態。いろんな角度から火を付けることができるし、燃え上がらせる可能性は十分あると確信できました。
また、私はもともとファッションテクノロジーの業界にいましたし、以前に起業した時のテーマもファッションと現実にないものをデジタル体験していただくという着眼点だったので、うちの雑貨商品に将来性があると直感的に感じていて。その時は、まだふわふわとした感じでしたが、雑貨業界はやり方次第で伸びるな、と思ったんです。
それと、シリコンバレー出身のエンジニアがNYでスタートアップするのはよくある話ですが、昔ながらの商人の町である船場センタービルでテクノロジーの会社がやっている雑貨っておもしろいストーリーじゃないですか。やりがいのあるチャレンジができるなって思って。
―― 家業に戻られて、いかがでしたか?
戦:社長の父は、初日から私に丸投げ。いきなり社長の息子が帰ってきて急にリーダーやと言われても、社員との距離感は大きいし、違和感だらけでした。
雑貨業界はまだほとんどアナログで、モノや紙ばかり。受注はファックスですし、タイムカードなども紙で打刻する感じで、職場環境や働き方など、違和感は正直ありました。
まず、最初に取り組んだのは、社員とのコミュニケーションから。東京・大阪・物流と全部離れていて、当時は小売店も大阪・神戸・京都に3店舗あったのですが、社員60~70人にメールを飛ばすとシステムに警告が出るんです。これじゃ全員との情報共有などを一斉に行うのが難しいな、と思ったんですね。
そこで、メールベースからチャットベースに移行しようと思い、Slackの導入を進めていきました。最初は、不慣れなツールで社員のみなさんも使うメリットが見えないので、中々導入がうまくいかなかったです。
そこでテクノロジーに強い数人に、私とコミュニケーションとるならslackでしましょうよと促したんです。実際に使ってみると使い勝手の良さがわかるので、どんどんみんな利用していくんですよ。そうすると分からないから使わないという風潮から、一旦使ってみようという雰囲気が出来上がって、最終的に社員全員に普及しました。
―― 社員から反発があったとのことですが、どのように乗り越えられましたか?
戦:反発はあったんですが、話し合うことで、最終的には理解し合え、納得してもらえると信じています。
その反発は、健全なもので、感情的な反発ではなく、あくまでプロとしての誇りや今までの実績に基づいたことから発生した感情だったので、無下にしてはいけないという思いで話し合いを続けました。時間を丁寧にかけることも大事で、お互い理解し合うためには、必要な時間は人それぞれ。自分自身はそこを最初はわかっていなく反発は基本その誤認識から起こる感情の部分だったんじゃないかと今はそう思います。
―― ほかにはどのようなことに取り組まれましたか? また、辛かったことはありましたか?
戦:不良在庫の処分や卸販売に特化するため小売店を売却したり、人事評価制度や組織モデルの改革などに取り組みました。
初めの頃は、社員と将来の展望や希望、ビジョンをうまく提示できなかったので、うまく認識してもらうための力量が自分自身に欠けていたことが悔しく、辛いといえば辛かったです。
また 私が信じる強い組織は、強いチームで成り立っていると思います。当時の志成は、チーム力という点では、課題点がたくさんあって、なので最初は個人力をあげるよりチーム力をあげることに徹底しました。
また個人力という点では、1on1をとにかくたくさんしました。1on1は、一人ひとりに何がしたいかを聞き、また私がしたいことも伝えるようにしていました。お互いにやりたいことを共有することで、多少ビジョンがずれていても「一緒にやっていこう」と取り組む姿勢が生まれ、どんどん社内の雰囲気は良くなっていきました。
スタートアップと違ってアトツギの場合は、社員一人ひとりの役割としての原石を見つけて伸ばすことを心がけ、できるだけあきらめずにその人の最大限の価値を上げることが必要だと思います。
今社員のみんなは自主的に動くようになっていて、本当に頼りになる存在です。そんな頼りになる仲間が出来て、やっと今回新規事業を行える余裕が出来ました。
―― アトツギピッチで発表された『AR MALL(エアモ)』のアイデアはどのように生まれたのですか?
戦:昨年12月、シリコンバレーの仲間と話をするうちに、これまでの点がすべてつながって、社員の想いやお客さまの志を成就させるビジョンが明確になったんです。
社内の人事制度や働き方改革など7割ほど終わって、幹部制からチーム制に移行し、そろそろ新規事業に着手したいと思った時に、グリーンカードの関係で米国へ行くことになって。渡米した際に、以前の仕事仲間からこんな会社作っているとかいろいろ聞いてるうちにスタートアップにいた頃の感覚が戻ってきたんです。
弊社の顧客は2500社あるんですが、コロナ禍もあってeコマースへの気運が高まっていることもあり、eコマースをしたいけれどできていないという会社さんが結構多いんです。一方で、eコマースをしていても実店舗に比べると返品率が高いという課題もありました。その理由の大きな要因は、eコマースでは消費者が商品のイメージができない、商品のよさを伝えにくいから。
それなら、AR(3D仮想空間技術)で3Dモデルを作成し、販売者の想いを声で届けるAudioを組み込み、既存のECサイトに簡単導入できるアプリを開発しようと閃いて。これまでアイデアは点在していたのですが、一人ひとりの社員の想いと3D仮想空間技術で、お客さまの志を成就させるというビジョンにバババっとつながったんです。社内の体制も整ってきていたので、開発からビジネスモデルまで約3ヵ月で形にすることができました。
―― アトツギピッチに出場されて良かったことは何でしたか?
戦:一番よかったのは社員へのメッセージになったこと。会社を継いだ最初の頃は自分のメッセージが伝わるけれど、数年経って慣れてきたら、こうした機会を通じた方が伝わるんだと発見になりました。
アトツギピッチを見た社員が「すごくよかったです」「熱量感じました」と声を掛けてくれたんです。伝わってなかったんかい!と、ここもやはり自分の表現や伝達力が十分ではなかったと逆に反省しました。
新規事業は社員をはじめとするステイクホルダーを熱量を持って説得しないといけないのですが、感じてもらうことが一番なので。
熱量をぶつけるという意味では、アトツギピッチは錚々たる審査員の皆さんから鋭い指摘や具体的なアドバイスをいただけるし、自分に実績がなくても参加するだけであたかも実績があるかのように見せてくれますよね。
アトツギならこの掛け算をもっとうまく利用したらいいんじゃないかなと思います。
経営者の仕事は中から変えることも大事だけど、外から変えることもしないと。そういう時に無料で、しかも何のリスクもなく、メンターもつけてもらえるので、アトツギピッチに参加しない理由がない。やらないのは逃げているだけなので、「逃げるな、出ろ」と自分に言い聞かせて、出場して本当によかったと思います。
―― 最後にアトツギに向けてメッセージをお願いします。
戦:新規事業は「おもしろそう」「絶対できる」みたいなワクワクする感情とリンクしていれば形にできるはず。
新規事業を「やらないといけない」と考えていると、いつしか「やりたい」を忘れてくる。お金儲けが目的になると考え方も短期的になるので、ビジネスが長続きしないと私は思います。
お金では人を呼べないし、呼べても一瞬だけ。熱い想いや楽しそうな雰囲気って、人を惹きつけると思うんです。それが事業の根幹に必要だと思う。
本人がやりたいと思ったワクワク感のあるビジョンを、ちゃんと周りが共感できる言葉にして発信していけたらビジネスとして形になると思います。
最後に、私は本業の業績が悪い時、まずはそっちに集中するべきだと思っています。なぜなら回復した本業が、何か新しいことをするときに大きな支えになってくれるから。もし本業がうまいこといっているのであれば、即座にやりたいことを新規事業として始めたら良いとも思いますね。好きでやってたら、自然と事業も成長し、新しい可能性につながっていくんじゃないかな。
(文:三枝ゆり、写真:西村智之)
<会社情報>
株式会社志成販売
https://www.shiseihanbai.net/
〒541-0055 大阪市中央区船場中央1丁 船場センタービル3号館3F
アトツギベンチャー編集部
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