2020.01.14
【インタビューvol.38】いまは、「どちらか」ではなく「どちらも」の時代。大学勤務と家業の両立が生み出した新規事業(株式会社T WORKS/寺本 大修 氏)
印刷技術のひとつに、金箔や銀箔といった箔を熱板のプレス機を使って転写する「箔押し」がある。圧着の過程では、熱膨張率の計算や目視確認による細やかな調整が必要など、職人の腕が非常に問われる技術だ。
寺本工芸社は、そんな箔押し印刷を事業の中心に据えて創業。その後、大阪市生野区に移転し株式会社化し、社名を株式会社T WORKSへと変更して名刺やクリアファイルへの箔押し印刷業を手掛けていた。この事業を残しつつも大きくシフトチェンジさせているのが、三代目の寺本大修氏。近畿大学の学術拠点「ACADEMIC THEATER(アカデミックシアター)」の企画運営を手掛けていたが、2018年12月に二代目であるお父様が急逝されたことを機に、はじめて継ぐことを意識し三代目として継承。大学での仕事も続けつつ、箔押しの価値を高めるためのサービス開発に取り組んでいる。
Q. 子どもの頃から家業を意識していましたか?
A. 「継いでほしい」と言われたことがなかったので、まったく意識していませんでした。父も、「大きなリスクを背負ってほしくないので企業に勤めてほしい」と思っているように見えましたね。
毎日Tシャツ・短パンにヒゲを蓄えたフランクな格好で出勤する父を見ていた反動で、私は「びしっとスーツを着て仕事したい!」と思っていました。
就職活動も頑張って、近畿大学の経営学部を卒業した後、NTT西日本に入社したんです。8年間勤めたのですが、キャリアの多くを事業開発部での新規事業開発に携わり、フィンテックやO2O、インバウンド関連のサービス開発に従事していました。
その後、近畿大学に転職し、いまは2016年にオープンした新施設「ACADEMIC THEATER(アカデミックシアター)」の企画運営を担当していて。特に「事業開発人材の育成」に携わっています。
Q. まったく継ぐことを意識していなかったようですが、家業に入られたきっかけは何だったのですか?
A. 創業した祖父が去年の12月に亡くなったのですが、祖父のあとを継いで社長を務めていた父もその10日後に突然亡くなってしまったんです。
もろもろの整理をしようと職場に行ったときに、職場で働く人の姿や、父が亡くなっても残っている会社の姿を目の当たりにして。すると、言葉にしづらいのですが込み上げてくるものがあって、継ぎたいと思ったんです。
それまで継ぐことなんてまったく意識していなかったし、現場を見てくれている工場長の方に任せようと考えていました。けれど、父が残したこの会社、法人格という人格を残したいと強烈に思ったのがきっかけかもしれません。残ったこの会社を自分が引き継ぐことで、働いている従業員がもっと裕福になり、自慢できる仕事をしてもらえるような環境を作りたいなと。今も近畿大学での勤務は続けながら、土日と平日の1日を家業に当てています。
Q. 家業を継がれてからは、どんな取り組みを進められましたか?
A. 年明けに家業を継いで、まず取り組んだのが新たな制作物づくりです。
もともと、当社はクリアファイルやカレンダーへの名入れなど、出来上がった製品の一部に箔押しをする仕事をしていました。こうした箔押しの作業の単価は、一回10円程度、場合によっては一回何銭という世界です。
実際に私も箔押しの作業をしたのですが、作業負荷に比べて価値設定が不適切であることと、高速・大量生産を続けない限り利益が出ないモデルの限界を実感してしまって。「このままではジリ貧になる。事業の軸である箔押しの価値を再提案できるような仕事をしていこう」と思うようになったんです。
従業員の意識を変えるために、自社の名刺も箔の良さが伝わるようなデザインのものに変更し、「箔でアイデアに輝きを。」といったキャッチコピーも作りました。
Q. 具体的に、どんな制作物をつくられたのですか?
A. 箔押しレコードジャケットの企画・制作です。
近畿大学での仕事で出会ったクリエイターユニット「COJIRASE LUNCHBOX(コジラセ ランチボックス)」と協力して、有名なイラストレーターさんに音楽をテーマにイラストを描いていただき、、そこに贅沢に全面箔を使ったデザインの12インチレコードジャケットを制作しました。この箔押しレコードジャケットを6種制作し、「HACKK RECORDS(ハック レコーズ)」という架空のレーベルとして発表しました。
箔押しって、アニメ好きな方のイラストなどでは結構使われているということをこのプロジェクトを進めていく中で知って。ただ、箔の魅力や箔の可能性はまだまだ伝わっていないなと感じたんです。だから、「箔を使って、こうした面白い表現もできるよ」と提案しながら協力していただける方を増やしていきました。出来上がった作品は、今夏のコミックマーケットで頒布され、イラストレーターさんのファンの方々にも好評でした。
箔押しレコードジャケットを制作して具体的に見てもらえるモノができたことで、新たな問い合わせも入っています。
実際の作品を見た方から、「こんな使い方できるなら、ギャラリーオープンのときに配れる、箔押しのノベルティを提案してほしい」と依頼を受けて、アーティストさんの作品を箔で打ち込んだ“飾るカレンダー”の制作も行いました。今までは「ここに箔を打ってください」と依頼されたものに対応するだけでしたが、もう少し上流工程に入って、箔の魅力を伝えるための新たな取り組みができています。
Q. 急に家業を継がれたにもかかわらず、いきなり思い切ったチャレンジができたのはなぜですか?
A. 理由は二つあって、一つはこれまで新規事業開発を行うキャリアを歩んできて、現在は起業家養成講座を企画している立場であったからだと思います。もう一つは、父が健全な経営をしてきて、いい技術者や従業員の方を残してくれたことです。
大学での仕事の話になるんですが、私は近畿大学で、学生起業支援プログラム「OKonomi(おこのみ)」というプログラムを立ち上げていて。今年度で10件の法人設立が目標で現在4件設立済、1件準備中という状況なんです。
近大は西日本で一番社長を輩出している大学なこともあり、社長のご子息がたくさん在籍しているんです。けれど、新しく事業を立ち上げたり、スタートアップが生まれるといった気運はあまり無くて。
そんな、学生に起業を勧める立場にいながら、自分自身が起業や経営を経験していないことにモヤモヤしていたので、継ぐと決まったときは「まず自分が背中を見せよう」と新しい方向性へのチャレンジを決意しました。
また、これまで先代が築いてきた信頼の積み重ねがあったからこそ、父が亡くなった後も変わらず取引先から発注をいただけていたと思うんです。
そうしたベースがあったことに加えて、当社には技術力が高く、チャレンジに前向きな職人さんがいました。工場長は40代と若く、カルチャーに興味のある方ということもあって、忙しい中でもHACKK RECORDS(ハック レコーズ)のような取り組みに対して「面白いのでぜひやりたい」と言ってくれて。
こうした土台や人などの大きな財産を父が残してくれていたからこそ、家業に入っていきなりチャレンジができました。
Q. アトツギとして家業一本ではなく、二つの仕事を両立させているキャリアは珍しいと思います。どんな点がメリットだと思いますか。
A. 二つの場所に軸足を置いていることで、見える世界が広がりますし、それぞれの場所で失敗を恐れずチャレンジができているんだと思います。
「もし失敗したとしても、別の場所でもう一度チャレンジすればいい」と選択肢を自身で持つことが出来るので、精神的にも楽ですね。ACADEMIC THEATERというオープンイノベーション拠点に身を置いているからなおさらかもしれませんが、いろんな人に出会える機会があるので、大学で培った経験や人脈でコラボレーションしたり、家業で学んだことや身に付けたスキルを活かして大学で提案したりといったこともできます。
一つの業界、一つの仕事で一流になるのは難しくても、いくつかの分野での経験やスキルを掛け算すると、オリジナルで貴重な人材になれると思うのです。
Q. 今後の目標を教えてください。
A. 箔押し自体の価値を高める活動にシフトしていきたいです。コラボレーション商品も生み出したいですし、現在は箔押しとフレグランスを掛け合わせたアクセサリーなどを企画しています。
こうやって活動領域を広げることによって、箔押しの価値を高め、可能性を広げていけると信じています。
また、大学での仕事において今後めざしているのは、アトツギアントレプレナーの養成です。大学時代にアトツギとしての意識を芽生えさせ、卒業後5年から10年は家業以外の企業で社会経験を積ませて、その上で家業を改めて見直してもらうといった大学・社会・家業がつながるプログラム設計をしたいなと。私自身が別企業に勤めたり、大学でいろんな方に出会えたことで今進めている事業の発想が生まれたからこそ、そういった教育体制を作りたいと思っています。
(文:倉本祐美加 / 写真:宇野真由子)
<会社情報>
株式会社T WORKS
https://www.tworks.design/
〒544-0004 大阪市生野区巽北4丁目5番1号
アトツギベンチャー編集部
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