2020.01.22

【インタビューvol.39】「天使のはね」で有名な会社を大きく改革。新商品開発も事業成長も、基盤があってこそ(株式会社セイバン 泉 貴章氏)

「天使のはね」ランドセルをご存知の方は多いことだろう。肩ベルトに内蔵された「天使のはね」により、荷物の重量を分散して肩に感じる重さを軽減する同商品。小さな子どもでもランドセルが軽く感じられる機能性に加えて、耳に残るメロディーが流れるCMも大きなインパクトを与え、ランドセルの人気ブランドとなった。

 

そんな天使のはねランドセルを製造しているのが、株式会社セイバン。1919年に播磨産の皮革を材料とした財布やカバンの製造を始め、1946年からはランドセル作りに舵を切った。

 

泉 貴章氏は、セイバンの四代目。大学卒業後はサントリーホールディングス株式会社に研究開発職として入社。そして、病気を患っていた父の後継者としてセイバンの代表取締役に就任する。しかし、就任と同じ年に競合企業の新商品がヒットしたことで、これまで右肩上がりだった売り上げが初めて下がってしまう。

 

そんな中でも泉氏は、冷静に会社の現状を観察。「成長のためには、まず基盤から」と地道に組織づくりと意識の改革を行った。泉氏のキャリアと転機、その改革手法、そして2018年から参入した保育事業について、お話を伺った。

 

 

 

ビジネススクールで経営を学んだことが契機に

 

――子どもの頃から、セイバンを継ぐことを意識していましたか?

継ぐ気はまったく無かったです。幼少期は工場の4階に、大学生までは営業所の2階に住んでいたのですが、会社と生活が一体となっている状況が嫌だったので。

 

父からは何も言われませんでしたが、二代目の祖父からは「継げ」と言われていましたね。祖父はランドセル事業を始めて会社の業績を伸ばした人なので、影響力が大きかったんです。

敷かれたレールに乗ることが嫌で、大学院卒業後はサントリーに就職しました。生物工学を専攻していたので、就職するなら食品・飲料メーカーか医薬品メーカーかなと思っていて。お酒が好きなこともあり、サントリーに研究開発職で入社しました。

 

サントリーは大企業ながら、まさに「やってみなはれ」精神のもと、若手に挑戦の機会をたくさん与えてくれる会社でした。熊本工場の立ち上げや新ジャンルのビールテイスト飲料の開発を任されたりと、やりがいを持って仕事をしていました。

 

 

 

――どんなきっかけで継ぐことを意識し始めたのですか?

 

社内の国内留学制度で、早稲田大学のビジネススクールに行かせてもらったことが大きなきっかけかもしれません。研究開発だけでなく、さまざまな仕事で生み出した価値の連鎖が、お客様の満足や売り上げ・利益に繋がっていくと知って、経営に興味を持ちました。

 

ただ、最初は「サントリーで経営に携わるポジションに就きたい」と意気込んでいたのです。

 

しかし、父親が病気で長く生きられないこと、後継者がいないことを親族から聞かされて。すごく悩みましたが、当時は「天使のはね」を開発して、これから売り上げを伸ばしていくぞという段階。従業員も200名くらいいたので、「この規模の企業なのだから、存続させねば」と思ったのです。三年ほど迷いましたが、結果的にセイバンの後継者として働く道を選び、2010年に入社しました。

 

 

 

――入社した当時のセイバンは、とても勢いのある時期だったのではないでしょうか?

天使のはねランドセルが軌道に乗り、売り上げは右肩上がりの状況。子どもの数は減っていたけれど売り上げ本数は伸びていて、50万本以上を生産していました。

 

セイバンに入社してからは、「まずは生産現場に行かせてくれ」と頼み、3ヶ月間工場で寝泊まりしました。同じくものづくりの会社であるサントリーで働いたことで、まずはセイバンでどのようなものづくりをしているのかを学ばなければと思ったのです。驚いたのは、ランドセル作りの工程には多くの人手が必要なこと。ビール工場は、ボタン一個で生産する工程などもあるので、衝撃でした。また、一つ一つの作業は職人の腕に左右される部分が大きかった。これは飲料の生産工程では考えられないことなので、驚きました。

 

3ヶ月現状を観察して、「さあ、社長に業務改善を提案しよう」と思っていた矢先、父が急死してしまったのです。さすがに「どうしよう。引き継ぎもされてないし、きついな」と、うろたえてしまいましたね。けれど、自分がやらなければという責任感だけで、社長に就任しました。

 

 

 

新しいことをするにも、まずは組織づくりから

 

――代表取締役に就任してからは、どのようなことに取り組まれましたか?

実は、私が継いだ2010年に、競合メーカーが発売したサイズの大きなランドセルが大ヒットして、初めて売り上げが下がってしまったんです。これは試練だなと思いました。

 

当社は天使のはねランドセルを発売して7年が経っており、次の目玉商品を開発できていない状況。元研究開発職ということもあって、「新しい驚きと感動を与えるような商品を作らなければ」という思いは常に持っていました。

 

けれど、そのための体制が整っていなかった。生産現場ではただただ大量生産を続けており、従業員数は多いのに研究開発もプロモーションも無い、“大きな商店”のような状態だったのです。新商品を開発できるような組織づくりと従業員の意識改革を行うのが先だと感じました。

 

 

 

――組織や体制づくり、従業員の意識改革のために、具体的にはどんなことに着手しましたか?


写真:現在の社是を作る際に基礎となった、先代の頃の社是

 

 

ダイナミックな改革だと、卸売業者を整理して大量生産を見直しました。ランドセルは、「メーカー→卸売業者→小売店」という流通が一般的。当社は、卸売業者からの受注生産で商品を作っていました。ところが、卸売業者さんは売れ残ると在庫処理に困ってインターネットで、ものすごく安価に天使のはねランドセルを販売されてしまうこともあって。

 

「このままだと、絶対にブランド価値が毀損されて、潰れてしまう」と思いました。だから、適正価格で流通するようにするために勇気を持って一件ずつ頭を下げて回り、取引を行う卸売業者の数を絞ったんです。

 

工場の稼働率もぐんと減らしましたが、これまで大量生産が当たり前だった従業員が納得してくれたわけではありません。突然の方向転換に戸惑ったと思います。「時間を掛けて、これが最適の方法であると理解してもらうしかない」と思い、生産現場を取り仕切っていた者には研修に参加してもらって、トヨタの生産方式などを学ばせました。

 

意識と行動が変わるまでには3年以上を要しましたが、理解してくれてからは彼らがリーダーとなって生産現場の意識改革をしてくれました。一方で、若手社員にも同じ研修を受けてもらうことに。管理職と若手からサンドイッチ的に改革を促進して、最終的に全社の意識を変えていこうとしたのです。それ以外にも、各部署を作って組織を整備したり、就業規則を作ったり、企業理念を磨き上げたりと、さまざまな基盤づくりをしました。

 

 

 

始まった保育事業への挑戦

 

――組織体制が整ってからは、新しい事業に挑戦していますよね?

2018年に、子ども服メーカーのファミリアとともにセイバン・ファミリア・カンパニー株式会社を設立し、「familiar PRESCHOOL(ファミリア プリスクール)」の共同経営を行っています。

 

これからますます少子化が進む中、ランドセル事業だけでは成長が見込めないとだいぶ前からわかっていて、新しいことをやっていこうと思っていたんです。そんなときにファミリアの岡崎社長と出会い、「保育事業を一緒にやらないか」とお声掛けいただきました。

 

ファミリアは「子どもの可能性をクリエイトする」という素晴らしい企業理念をお持ちですし、当社もお子様を第一に考えたランドセルを作り続けてきた点で、保育事業との親和性は高いと思います。保育室の確保、教育プログラムづくりなど初めてのことがたくさんで大変ですが、“子どもたちの才能を引き出し、磨く教育”を提供しようと奮闘中です。例えば、保育園で使えるバックパックを生産したり、園児にランドセルを背負ってもらい、そこでの意見を商品開発に反映したりと、ランドセル事業にプラスをもたらせることも多くあると思います。

 

 

 

――今後、取り組んでみたいことはありますか?

世界の子どもの数は増えているので、ランドセル事業での海外進出を考えています。海外では小学生がランドセルを背負う文化はありませんが、日本のアニメの普及でランドセルへの認知は上がっていますし、背負いカバンで登校している国も多いのでチャンスはあるのかなと。まずはアジア圏を中心に進出を考えています。

 

2014年からは直営店もオープンし、現在は全国に9店舗あります。ランドセルは、親御さんがものすごく力を入れて選ばれるもの。だからこそ、丁寧に接客して、お客様のニーズに添うランドセルを提案したいですし、直接お客様の声を聞いて商品開発にも反映したいと思ったためです。

 

 

 

――最後に、アトツギに向けてのメッセージをお願いします。

まずはやってみることですね。サントリー時代に刷り込まれた「やってみなはれ」が染み付いています。やってみて、たとえ失敗したとしても、成功に向けてのヒントが見つかるはず。失敗から学んで、どんどん次へ次へとやっていけばいいのです。世の中のスピードは速い。アイデアは思い付いた瞬間に実行しないと、競合に先を越されたり、陳腐化してしまう。だからこそ、まず実行という意識は持ち続けた方がいいと思います。

 

 

( 文:倉本祐美加 / 写真:宇野真由子 )


<会社情報>
株式会社セイバン
https://www.seiban.co.jp/
〒671-1631 兵庫県たつの市揖保川町山津屋140‐14


 

アトツギベンチャー編集部

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