2022.01.13

【インタビュー Vol.50】社員の1/3は虫博士。「個人が自立したフラットなチーム」と「利他の心の実践」で高収益企業に。(環境機器株式会社 片山 淳一郎氏)

片山氏は35歳で家業を継いで以降、殺虫剤用の噴霧器メーカーから防虫資材商社へと業態転換を果たした。同業他社との違いを生み出しにくい卸売業態にあって、大切にしてきたのが取引先の経営課題を無償で解決に導くサポートから受注獲得に繋げる利他の心だ。

 

新事業を続々と生み出す土台となっているのが、社長以外の社員50人(パート・嘱託を含む)はすべて上下関係のないフラットな組織。それぞれの仕事の日々の進捗情報は独自開発の日報ソフトやビジネスチャットで共有され、自分の得意を生かし皆で支え合うチームワークを実現し、毎年のように「防虫」に関する新規事業や新商品をローンチしている。その結果、社長就任時に売上5億円、利益数百万円だった業績は20年で40億、4億円へと成長。業界シェア約5割という圧倒的な存在感を示すまでになった。

 

そして今、虫を媒介する感染症対策を途上国で展開することをめざしている。外交官になって貧しい国を支援するという子どもの頃からの夢をいったんは断念しながら家業を継いだが、自分にしかできないやり方で再びライフワークを手繰り寄せている。

さまざまなバックグラウンドを持つ社員の自律性を活かす高収益卸売業の秘訣を、片山氏に聞いた。

 

 

 

「家業があるじゃないか」。自分にしかできない道を選ぶ

 

Q. 家業を継ごうという気持ちはもともとあったのでしょうか?

 

A. 全くありませんでした。外交官になろうと思っていたんです。

 

小さい頃から途上国を支援したいと外交官を志望しており、町の名士でもあった父には「お父さんは町の平和を守ってるけれど、僕は世界の平和を守るから」と言い放ってました。「だから継がせるなら孫に継いでもらって」と(笑)。

 

京大在学中に外交官志望の仲間を募って試験対策の勉強会を主宰していたのですが、そのメンバーから10人も第一種論文試験に合格したんです。それならわざわざ僕がやらなくても誰かが頑張ってくれると思い、当時花形だった日本興業銀行(現みずほ銀行)に就職しました。

 

興銀では、バブル入社で同期が100人もいた時代。しかも体育会系かつ東大・京大などの高学歴者ばかりでした。ここでも僕がいなくたって代わりにやってくれる人はいくらでもいると思って退社し、国の奨学金を得てケンブリッジ大学に留学したのです。修士課程修了した後、大企業での社会人生活もアカデミックな経験もした、今度は企業経営だなと考え、その時に初めて「家業があるじゃないか」と気づいたんです。

 

 

経営を仕切っていた番頭に何もさせてもらえなかった5年間

 

Q.   家業に戻ってみて、会社の雰囲気はどうでしたか。

 

A. 30歳で戻ってきて35歳で社長になるまでの5年間はしんどかったですね。父が創業した時からいる番頭に何もさせてもらえませんでした。

 

父は、僕が大学を卒業する間際に亡くなり、そのあとを母が継いでいたのですが、実質経営を取り仕切っていたのは創業の頃から会社にいる番頭さんでした。僕のことも幼い頃から知っており、「風呂にも入れてやったあいつに何ができるか」ってなもんです。

 

人脈もノウハウもすべて一人で囲い込んでおり、それが彼の力の源泉でした。僕が新しいことをやりたいと提案しても「うちの業界はそういうやり方は通用しない」と一蹴され、その理由を尋ねても「そういうもんだから」と、のれんに腕押しです。

 

母親も、僕がどこまで街の零細企業で勤まるのか、京大を出て留学までした息子をこの世界で働かせても良いのか決めかねてたのでしょう。しかも番頭さんは会社の功労者ですし外すわけにもいかなかったんだと思います。5年を経過して、私も母親も腹が据わったタイミングで社長を引き継ぎました。

 

 

いいことを伸ばし、悪いことをやめる

 

Q.    社長になってまず取り組んだことは何でしたか?

 

A. まず番頭を営業部門の責任者から外れてもらいました。経営者は社内で生ずる全てのことに対して責任を負わなければならない。自分が全てのことに納得できる体制を作りたかったからです。

 

当時売り上げ5、6億円、利益は数百万円ほどありました。赤字にはならず食うに困らない状態が保証されており、当然お客さんもいました。それだけでも非常に恵まれていた。あとは、悪い慣習をやめて、やった方が良いことをやり、長所を伸ばしていくだけで会社は伸びていくと考えました。

 

例えば、当時は出張費がもったいないからと出張を制限していました。売上数字を見ると訪問回数の多いところほど売り上げも大きくなっているのは明らかでした。そこで出張を推奨して営業機会を増やし、ひと月当たりの訪問先も30件から50件に増やしました。

 

メーカーからコンサル型開発商社へ事業転換

 

Q.   事業についてはどのように見直していったのでしょうか?

 

A. メーカーから商社へとポジショニングを変えました。

 

アトツギは、会社のやっている事業が社会において本当に付加価値を生んでいることなのかを疑いの目、ゼロベースで評価してみるべきです。家業は殺虫剤を散布するための噴霧器メーカーで、現場の人たちはそれなりのプライドを持っていましたが、技術も品質も大したことはなく自己満足に過ぎませんでした。より良い噴霧器を開発したところで市場は限られており、メーカーのままでは伸びる余地がないと感じました。

 

一方、噴霧器の販売、修理のために月1回は害虫駆除業者のお客さんのところへ営業に出向いており、お客さんのドアが常に開かれている信頼関係こそが当社の財産であると考えました。お客さんは害虫駆除にかかわるさまざまな資材を買っています。それならば、それらをすべて売るための商社になろうと。それも単なる商社ではなくコンサルティング型、開発型の商社へと事業転換しようと考えたのです。

 

虫がおらず、快適で、感染症を引き起こさず、食中毒にならない環境をお客さんの先のエンドユーザーに提供することが事業の本来の目的であるはずです。メーカー発想だと、殺虫剤を使わなくても済むような仕組みを考えようとは思いません。自社製品だけに囚われず、顧客ニーズを何でも満たそうとする商社だからこそ提案の幅を広げることができます。

 

超ニッチマーケットで絶対勝てるサービスを

 

Q.   とはいえ、商社という業態は利益、付加価値を生み出しにくい業態なのではないでしょうか?

 

A. まず「当社から買ってもらえる理由」(=差別化)を構築しました。

 

害虫駆除業界では上位1割の企業が業界全体の8割のシェアを持っているロングテールの業界です。上位1割に当たる500社を重点顧客として囲い込み、そこで購入している資材の6割をうちで購入してもらうことができれば業界の半分のシェアを握ることができます。そのためには超ニッチマーケットで絶対勝てる付加的なサービスで差別化を図ることが大事です。

 

当社ではお客さんが困っている経営課題を解決するコンサルティングを行っています。お客さんは害虫駆除のための専門的な知識を求めているので、当社では虫の専門家をそろえ防虫、駆除などに関する最新の情報を年間200回ほど開催しているセミナーでお伝えしています。

 

 

また、ITに疎いお客さんのために顧客管理システムも提供しています。これらのサービスはすべて原則無償です。義理は通じ、仕事になって返ってきます。当社ではこれを「打てば響く顧客」と呼んでいます。

 

もう一つは、粗利率の高い自社開発商品を増やすことです。当社はさまざまな情報をもとに毎年のように新商品を開発し、ファブレスで外部に作ってもらっています。商品はWeb上で自動的に注文を受け付けられるようにしていますが、ほとんどが定期的に必要な業務用消耗品なので、お客さんや扱い商品が増えるほど毎月の売上は増えていきます。

 

Q.   社長就任後毎年のように新規事業に挑まれています。

 

A. 社員も新しいことやりたいと思っていたようで、それをやりやすくするために社内のシステム、会社のルールをどんどん変えていきました。

 

基本的に言い出しっぺがやれるようにしていて、そういうプロジェクトがいくつも動いています。なので1人が兼務でいろんなことをしています。そうしたプロジェクトのベースになっているのが情報共有システムです。システムには毎日のように担当者がどこに行ってどんな話が出たかを記した日報の情報が共有され、皆でコメントをつけ合っています。

 

虫の専門家、IT担当、開発担当、営業担当などみながそれぞれのポジション(役割)を把握しているので、情報をもとにメンバーどうしでボールを回すイメージです。「チャンスだから僕が手伝います」「決まりそうだから私がクロージングします」というように、だれに命令されるまでもなく、チームを前提にしながら個人が自立しています。

 

会社ではフルマラソンへの参加を年中行事にしているのですが、中途採用の面接時には必ず「フルマラソンって走ってみたいですか?」と聞いています。フルマラソンって途中歩いてでも意外と完走できるもんなんです。でも「私には無理!」と即答する人は断り、「やってみたい、おもしろそう!」という人を採用しています。一事が万事、むちゃぶりにもやってみようと思える人を仲間に加えています。

 

Q.   組織づくりで心掛けていることは何ですか?

 

A. 社員が持てる武器をすべてそろえられるようにし、最大限の力を発揮してもらうことをめざしています。

 

部長、課長といった肩書がないフラットな組織で、成果主義も取っていません。採用時にも能力よりも「性格がいい人」基準で選んでいます。給与は年齢に応じた生活給を支給していますが20年連続で収益が増加しているので、正直、同業他社と比べて待遇は良いです。人事、給与、評価のような事務は一切ないので、当社の総務は社員一人とパートさん一人で担っています。

 

社員には、どこの学会に出かけて行ってもいい、海外出張もOKと言っています。会社は社員にすべての”武器”を与え、存分に力を発揮してほしいと思っています。経費を使わず息をひそめてて何もしていない社員こそが実は一番人件費が高いのです。逆に「~がないからできません」という言い訳ができない会社でもあります。

 

当社にはいろんなバックグラウンドの社員がいます。大学でヤマトアシナガバチを研究し博士号を35歳でようやく取得して新卒入社してきた社員は、入社した年に発生した東日本大震災の被災地で水産施設の損壊に伴い、腐敗した水産物から大量発生したハエを駆除する業務をボランティア事業として企画・担当し、現地で被災者の方々から非常に感謝されました。さらに、災害時におけるハエ駆除の研究成果をアメリカの学会で発表する機会も得ました。

 

経営者はスーパーマンでなければならない

 

Q.   片山社長が考える「経営者」の役割とはなんですか?

 

A. 定性情報、定量情報を基に構想を練ることです。

 

日報に基づく現場からのさまざまな情報とお客さんの売り上げ状況などの定量的な情報を日々確認しながら、外部の資源などを組み合わせて何を新たに開発するか、プロジェクトを誰に任せるか、どれくらいの予算で進めるかなどの構想を決めるのが僕の役割です。クラウドベースですが、結構マイクロマネジメントをしていると思います。

 

30人いる社員のうち10人が虫の専門家。ニューヨークに出張してもハイブランドが並ぶ5番街の側溝をのぞいて「これがニューヨークのハエか!」と喜んでいる人たちをはじめとする、さまざまなバックグラウンドを持つ社員の得手不得手を見極めながら、パズルのようにプロジェクトチームを作るのも社長の大事な仕事です。

 

社員が働かないとか、新規事業が出てこないとか言い訳や文句を言う経営者が多いのですが、それはすべて社長のせい。社長はだれよりも業界のことを理解していて、技術にも明るく、ふさわしい人を採用して、新しいプロジェクトを作って、大口の仕事を決めてこなければなりません。経営者がスーパーマンでなければ社員はついてきません。そのためには経営者こそ「誰にも負けない努力」をしなければなりません。

 

Q.   今後、どのような会社をめざしていますか?

 

A. 防虫業界を変える革新的なサービスを展開していきたいと思っています。

 

食品工場で発生する虫の対策は、これまで毎月現地訪問しながら虫の数や種類を確認し対策を取るやり方をしてきたのですが、これをリアルタイムで分析、報告し、解決につなげるAIを活用したIoTソリューションを今年、発売します。いわゆる“虫版の機械警備”で、世界の害虫駆除業者、大手食品工場などに売り込んでいきます。

 

またシロアリなどの被害で劣化していく木造一戸建て住宅のアフターフォローを行う事業も展開していきます。全国ネットワークを10年前に立ち上げ、順調に事業は伸びていますが、これをもっと普及させていきます。

 

また今後、アフリカや中東諸国向けに虫を媒介とする感染症対策を手がけていきたいと思っています。これは、外交官をめざしていた僕にとっては、ライフワークとも言うべき事業です。自分が個人としてずっとやりたいと思っていたことを、後を継いだ会社の仕事として実現できることは幸せなことです。

 

利他の心で事業に取り組むことでお客さんからさまざまなヒントをもらい、それが新たなビジネスに繋がり、結果的に売り上げが増え、業界シェアも半分取れるようになりました。損得ではなく善悪に基づいて動くことが結果的に事業を長続きさせることになると実感しています。

 

 

 

 

(文:山口裕史、写真:中山カナエ)


<会社情報>

環境機器株式会社 

大阪府高槻市川西町1丁目26-5

代表取締役 片山 淳一郎氏

https://www.semco.net/


 

 

アトツギベンチャー編集部

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