2022.02.04

【インタビューvol.54】「違和感」は新規事業の原動力、時代の風を読んで取り組むフードロス事業。(株式会社ケルン 壷井 豪 氏)

 

壷井氏は32歳で家業を継いで以降、社内外で「ただ課題解決のためだけに動いてきた」とこれまでを振り返る。職人の世界に残る古いしきたりを改め自走できる仕組みに変えるとともに、収益向上と社会課題の解決を両立できるビジネスを立ち上げるなど、社長に就任してからの歩みはまさに課題解決の連続だった。

その中でも新たな試みが、2021年12月からケルン全8店で始めた食品廃棄ロスを削減する経済循環型のパンの新しい販売システム「ツナグパン」だ。売れ残ったパンの中から傷みにくいパンを10〜20個詰め合わせ、製造翌日に販売。購入者にはケルン全店で使える木製の「エシカルコイン」(100円相当)を配り、併せて支援先の福祉施設を介して同額のエシカルコインを支援対象者にも贈ることで、フードロスと社会的弱者支援を同時に実現する。

「アトツギだからこそ課題解決に立ち向かえた」と話す壷井氏。そこに込めた思いと実践について聞いた。

 

 

 

3人きょうだいの末っ子に白羽の矢

 

Q. 家業を継ごうと決めたのはいつ頃だったのでしょうか?

 

A. ぼくの上に長女、長男がいるので、次男の僕に回ってくることはないと思っていたんですけど、高2の時に父から「継がないか」って相談があったんです。

 

上の2人は家業に興味がなくて。ぼくはといえば、子供の頃から夏休み、冬休みになるたびに工場に手伝いに行くのが楽しみで、料理を作るのも大好きだったんで、向いていると思ったのでしょう。

 

何より僕は、同級生の親がケルンのパンの袋を持っているのを見るのが誇りでした。身近な生活のなかにうちのパンがあるんや、と。だから親の背中を見ていてかっこいいなって思ってました。それで高校を卒業した後、継ぐことを頭に入れて調理師専門学校に進んだんです。

 

 

 

違和感をエネルギーに変える

 

Q. 何歳の時に入社したのですか?

 

A. 26歳の時です。

 

パン作りから始めたのですが、職人の厳しい縦の世界が待っていました。失敗をすると怒られるわけですけれど、その怒られ方に問題があると怒られた方はビビッてもう会社に行きたくないって思うでしょうし、チャレンジしたいという気持ちまで摘んでしまいます。

若い人たちが本来持っている力を発揮してもらうには指導のやり方、仕組みを変えていかなければいけません。現場での指導の仕方だけでなく、父の経営の仕組みについても違和感だらけでした。これをどうにか変えていきたいと思っていました。

 

 

 

Q. 経営の仕組みに違和感があったというのは?

 

A. 直営店の他に、ほとんど利益の出ないスーパーやフランチャイジーの店への卸をやっていたんです。

 

あるフランチャイジーの店の経営状況を見てみると、ほとんど利益が出ていませんでした。それで、父にちゃんと許可も取らず、そのお店の責任者に電話をして「取引をやめたい」って伝えました。辞めた理由は、利益が出なかったからではなく、そこで働いていた2人の職人が前の晩の9時から次の日のお昼まで働くような仕事の仕方をしていて、しかもそこで働く人は独身に限られていたからなんです。区別、差別は、ぼくが一番違和感を感じることでした。

 

 

 

パン作りが好きだったからこそできた改革

 

Q. そうやってどんどん変えていった。

 

A. いや、当時はまずパン作りだけを極めようと夢中でした。

 

父の体調が思わしくなく、継がざるを得なくなったのが32歳の時で、ちょうどパン職人を極めようと突き進んでいた頃だったので、経営のことを考える余裕が全くなかったんです。運よくパンのコンテストで日本代表最終選考会に出場させていただけたのですけど、結果は振るわず、その頃から考える様になりました。このまま職人だけを続けていたら現場で感じていた違和感は解消できない、と。

 

そこから経営者の考えに寄っていって、ちゃんと仕組みを作り、組織的に運営できる、自走できる会社にしようと考えるようになりました。この頃は職人である自分と、経営者に順応していく自分との心の葛藤は控え目に言っても凄まじかったです笑。

まずは、社労士さんを社員雇用しました。それから就業規則をまるごと作り変え、退職金規定も社員賛同の元、大幅に変えました。でも、それがなぜできたかって言うと、当時、職人として突き詰める自分の姿に、現場の見る目が変わったからなんです。

 

今思えば、大なり小なり課題解決を図るために現場で頑張っていたんだなと。そのおかげで皆がこっちを向くようになって、仕組みを変えていくための地盤を柔らかくすることができたんだと思います。

 

 

 

 

Q. 実際に現場の指導法はどのように変えていったのですか?

 

A. 今の僕には怒るという感覚がないんです。

 

同じ人が何度パンを焦がしても、先ずは社長である僕がその製造スタッフの上司に謝ります。会社に適正な仕組みが無いから失敗するんです。その社員の採用面接したのも自分だし、失敗するのを前提に入社してもらっているわけです。だからすべて経営者である自分の仕組み作りが悪い。

レジのお金が合わないときもそうです。「次は気を付けてな」とは決して言わず、足りない分を全部自分で補填しています。だってそれを言ったら委縮して気持ちよく接客する気まで失せてしまうでしょう。

 

社員は後で気づきます。実は社長が払ってたんだと。そうすると絶対失敗できないって集中するようになるんです。他人からたしなめられても直りません。自分で体験して感じないと変わることはできないんです。ただ、スタッフにはその都度「今後1%でも改善する」自分なりの提案をしてもらっています。

この手法は、課題解決へのロジカルな思考を育てる意味でも圧倒的に効率的でした。

 

 

 

売る側、買う側、社会がすべて得する仕組み

 

Q.「ツナグパン」というサービスを始めた思いは?

 

A. 職人が家族との時間を犠牲にして朝早く出勤し、一生懸命作ったパンをその日に捨てなければいけないことにものすごい違和感があったんです。

 

一生懸命作ったパンを、お金を出して買ってきたゴミ袋に入れて足でつぶし、ごみ収集車に回収に来てもらうわけです。しかもCO2を吐き出しながら。ずっとやり続けているとそれが当たり前だと思考停止になってしまうんですけど、明らかにプラス要素がない。買う側にとっては、パンを安く買えるだけでなく、エシカルコインを金券として受け取り、それと同金額が施設に送られることで社会的弱者を支えることができる。

ここで重要なのは「一般消費者と社会的弱者が、レジでの決済時に区別されない」点です。来店される全ての人がストレス無く使える共通通貨である事がエシカルコインの強みですね。

 

ぼくたち売る側にも利益が出ます。ツナグパンを始めたことによって、ごみ袋を購入する費用が減りました。そしてロス率も店舗によりますが、顕著な例では11%から2%に減りました。その上にツナグパンの売り上げが乗ってくるわけですから。

 

 

Q. ツナグパンを今後どのように発展させていきたいですか?

 

A. この仕組みは他の業種業態でもどんどん広げていけると思っています。

 

 

エシカルコインは貯められることなく使われていきます。コインという形がただの金券と違い、ゲーム性を感じられるからで、今まで月に1度ご来店いただいていたお客様が2度、3度とご来店されるようになりました。買う側、売る側、そして社会にとってすべてお得感があるから地域でお金がどんどん回っていくようになるんです。

これってパン屋さんだけの話じゃないんです。八百屋だって酒蔵だってレストランだってできるし、実際に賛同して、一緒にやろうと言ってくださる方もいます。

 

 

 

 

地域を面白くするための装置作り

 

Q. 日々ケルンはどのようなサービスですか。

 

A. 循環型社会を目指す他業態とコラボしたサステナブルベーカリーです。

 

社会課題解決に取り組む事業者と提携し、フードロスを解消する不選別野菜や、海外のコーヒー豆生産者を支援するテイクアウトコーヒーを販売しています。パンとコーヒーの売上の一部は小児がん専門治療施設「チャイルド・ケモ・ハウス」(神戸市)の支援に活用しています。

 

事業がすぐに軌道に乗るわけではありませんが、日々ケルン自体にかかるコストを販促費、PR費として計算しています。日々ケルンがあることによって、出店したエリアにSDGsに関心のある会社が新たに立ち上がり、雇用が増え、地域が元気になればいいなと思っています。日々ケルンは面白い街にするための一つの装置。ツナグパンも、日々ケルンも課題を解決するために動いてきた結果、生まれた事業なんです。

 

 

 

45歳で社長を辞める、と宣言

 

Q. アトツギだったことと、社会課題の解決を目指すことは結び付きますか?

 

A. アトツギだからこそいろんな課題が見えてくるんです。

 

 

父と隣り合わせで大ゲンカばかりしていました。ただ、社長になってみると、父の言い分もやり方もわかるようになりました。でも、だからといって違和感を覚えた矛盾や壁に対して変えるのは無理とは言いたくありませんでした。社長になったらできへんやろ、ではなく全部変えていきました。

 

父がそこにいたからこそ、創業者であるおじいちゃんの時代からの古い仕組みを変えてみせたかったんです。それは父も喜んでくれています。課題解決に向かっていない自分って1週間でも耐えられないんです。1ミリでも課題を減らしていると感じられると、よし頑張るぞと思えます。

 

 

 

 

Q. これからも課題解決を目指してくわけですね。

 

A. ぼくは「45歳(現在41歳)で社長を辞める」と言っています。

 

 

同族企業の社長って黄金のイスがピラミッドの上に飾ってあって、そのイスに座り続ける事が目的になってしまう人がいるのですけど、ぼくはそうなりたくなかった。ぼくがやりたいことは課題解決だからです。

 

だったら「社長を辞めます」と言うしかないでしょ。制限時間って大事。制限時間があるから、化学反応が起こるんです。経営もコミュニティの創造も地域通貨もそうです。変わってもイズムが残っていればいいんです。サイクルは回るけど大事なもの失わないという気持ちを大事にしていれば、企業の成長と共にまた新たな「社長候補」が生まれてうまくいくと信じています。といっても、もちろん自分は新たに課題解決の為の会社を作りますが。。

 

 

 

今すぐやめた方がいいことをすべて挙げることから

 

Q. 課題解決をしていくためにアトツギ経営者に伝えたいことは?

 

A. 今すぐやめた方がいいことを従業員に上げてもらって全員の前に出すことです。

 

従業員はみな思っていることがあるんだけれどあまり話さない。だから聞きたくないかもしれないけど全員に聞くんです。「働きたくない」って言う人もいます。「じゃあ働かなくても利益が出る仕事ってなんやろって」聞きます。そうすると「ああ(そこまで考えてなかったな)ってなります。そこまで考えて言ってほしいな、と。

 

あとは、自分が必要ないと思う世界から情報を得ようとする努力が大切だと思っています。全く自分とは仕事や趣味の接点がないような人と一緒に過ごしていても、なんらかの共通項があるはずなんです。そこで興味が持てるものを見つけていくと、それが新たな課題の発見、ビジネスにつながっていくと思っています。だからぜひ変人と一緒に仕事をすることをお勧めします(笑)

 

(文:山口裕史、写真:中山カナエ)


<会社情報>

株式会社ケルン

https://kobe-koln.jp/about

〒658-0054 神戸市東灘区御影中町1丁目8-1

代表取締役 壷井 豪氏


 

 

アトツギベンチャー編集部

アトツギベンチャー編集部

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